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水色の瞳と青い携帯

クランクインした青の少年と黄金の少女。その傍ら、青い携帯を片手に動く緋色の少女は何を思うのか。……お姉ちゃんどうする気?

「やっと目が覚めたかい?」


意識を失っていた日嗣尊と杉村蜂蜜が目を覚ます。2人が辺りを見渡し、自分達がどこに連れてこられたかを察したようだ。


「緑青君、ここはどこ?それに……」


両足をロープで縛られ、鎖で片手を近くの柱に繋がれている状況に戸惑う杉村。対照的に、日嗣尊はこうなる事を予見していたような落ち着きを払っている。

「君は、驚かないんだね」

静かに日嗣尊が頷く。

「君に杉村さんという恋人がいたことは知っていた」

俺はその事にさして動揺することなく、銀髪の少女の襟元を脅すように持ち上げて嘲笑うように言葉を吐き捨てる。

「知ってて、この俺に抱かれたのか?全くとんでもない女だな」

口の端を歪めて笑う俺に静かに反論する日嗣尊。

「あなたに復讐する為よ」

復讐?何を言ってるんだ?

「俺はお前の事なんて知らない。部室であんたと出会ったのも偶然だろ?」

それに首を振る日嗣尊。

「私がわざと留年したのは……貴方に近付く為」

この女、その為に2回も留年したというのか?

「なんて馬鹿な女なんだ」

そういえばこの女は、定期テストの順位だけは常に上位だが登校拒否を理由にほとんど学校には来ていなかった。

「全てはお前の計算だったということか」

俺は頭を抱えて跪く。


「フッフッフ!妾を見くびるでないぞ!」


両足を縛られながらもドヤ顔で胸を張る日嗣姉さんの姿が演技をするアウラ=留咲に重なってみえた。胸のサイズは違うけど。

「ホントはちょー賢いのじゃ!決して学校に来るのが怖くて引き篭もってた訳ではないのじゃ」

アウラさんのアドリブがここで入っているらしく、台詞が台本よりも長めに感じる。

役柄上、大人しめな演技をしているようだったけど、本物の日嗣姉さんはすぐに強がったり、ドジだったり、ドヤ顔したりとすごくお茶目で憎めない人だ。

アウラさんの演技についつい微笑んでしまう。この場面は日嗣姉さんに罵倒を浴びせるシーンなのに。


僕の表情を読み取ったアウラさんが堪えきれずに吹き出してしまう。


「あっはっはっ!ゴメンナサイ!この台詞、アドリブで本人から言うように言われてて……多分、強がってるだけなんでしょうけど、あっはっは、ダメだ」


アウラさんが笑いながらお腹を抱えて、その場にへたり込んでしまう。


黒衣の亡霊の素顔を知る僕と杉村は互いに見合い、微笑み合う。杉村がこっちに来て、僕との筆談用メモ帳に留咲さんのアドリブの内容を教えてくれる。僕もつられて笑い声をあげる。そんな補足をしなくても台本上は、僕に復讐するためにわざと留年した事にしてくれている。

そんなこと間接的に留咲さんに言わせてしまったら、余計に嘘っぽく聞こえてしまうのに。

木田監督から中断の合図が有り、そこで一旦休憩が入る。セットの舞台に出演者3人が並んで腰掛ける。僕を挟んで両側に杉村と留咲さんが居る。丁寧に僕にメモを見せてくれる留咲さん。


〆[この台本には尊さんのお茶目さが足りてない]


それに頷く。杉村と留咲さんが僕を挟んで会話をしている。現場のスタッフも各自飲み物に口をつけたり、雑談を楽しんでいるようだった。


「(杉村さんはアメリカの人?)」


首を振る杉村。


「(私は英国の人。ママが英国人でパパが日本人)」


屈託のない笑顔で嬉しそうに笑う留咲さん。


「(そうなのね!私の方はママが日本人なの。パパはネパール人。仲良くしましょうね)」


杉村が顔を赤くしてコクリと頷いた。僕等は閉鎖的な幼少時代を過ごした性か、あまり自分からは仲良くなろうとしないタイプなので、2人とも留咲さんの分け隔てない社交性に戸惑いつつも、どこか嬉しいものを感じていた。


木田監督からの合図があり、再び撮影は始まった。



石竹君と杉村さんが「接合藻類の分裂」の撮影の為クランクインしているので、実家である佐藤珈琲(さとうこーひー)でバイトをしながら手元の資料をまとめている。


一つは、私が過去に調査し続けてきた「八ツ森市連続少女殺害事件」の調査ファイルで、もう一つの縦長の手帳には、過去に妹の浅緋と接点があった可能性のある人物の名前が並ぶ。事件当初に調べたものも多いが、最近、私宛にこうして時折メールが入ってくるのだ。差出人は大抵、元々星の教会だった人達からだ。山小屋での事件の折に、日嗣尊さんが自分にもしもの時があった時のために妹と過去に接点があった人達の氏名が送られてくるのだ。多い時に、1日に30件ぐらい入ってくるから自分の記録していた名簿との照らし合わせに1時間ぐらいかかったりする。これだけの情報量を短時間で精査し、何件も捌き続けてきた日嗣さんには頭が下がる。私に送られてくるの氏名の情報はその大抵が既に名簿リストに名前が載っている場合が多いが、新しく目にする氏名はあの事件と直接繋がりがあったように思えない人達ばかりだ。ほとんどが顔見知りなのである。こうした作業を面倒だと感じつつも、完全に妹の事件と無関係では無い可能性を捨てきれず繰り返している。今の時間帯はお客さんが少ないので私の接客業務からの脱線を母も大目に見てくれているようだ。

そんな母が窓際のテーブルで作業する私の隣に腰掛ける。

「コッキー……もういいのよ?私達はもう区切りはつけられたから」


それは嘘、母が私のことをコッキーと呼ぶのはまだ妹に未練があるからだ。昔、母は私の事はお姉ちゃんと呼んでいた。


今、この場に石竹君が居ない以上、そう呼ぶ必要も無い。姉と呼ぶことで嫌でも妹の存在を感じるのを無意識に避けているからそう呼ぶのだ。母は私をあの事件から遠ざけようとしている。そうする事が安全だと信じて。


「大丈夫だよ。……間違っても " 北白 直哉(きたしろなおや) " に直接会いに行ったりはしないから」


母が驚いた様に目を丸くしている。直接言わなくても分かる。何を母が1番懸念しているかを。私は目の前の資料整理が終わったので、それを鞄に詰めて出掛けようとする。


「深緋、どこに行くの?」


「学校の部室にこの資料を戻しに行くの」


母が顔を伏せて返答に困る。こんな資料、少したりともこの家に置いておく事は私自身が許せない。


「そう……制服のままでいいの?」


私が着用しているメイド服を見下ろす。シックなデザインなので問題無いだろう。学校で注意されても、再来月の文化祭の準備の為と言えば説明がつくだろう。


「うん。そんなに遅くならないと思うから心配しないで?」


私は頭に付けていたヘッドドレスと腰に巻いていたエプロンを母に渡すと、喫茶店の扉を開いて学校へと歩き出した。


少し頭を冷やすのには丁度いい。


一つため息をついてから私は母への謝罪を口にする。


「ごめんね、私はやっぱりこのままにはしておけない」


メイド服のワンピースのポケットから、汚れた青い携帯電話を取り出す。


これは私のでは無い。


この携帯の持ち主は北白裕也(きたしろゆうや)、あの北白直哉の弟の遺物だ。山小屋での日嗣さん救出事件の際に、杉村さんの近くに転がっていた犬に食い荒らされた屍体。


その近くでこの携帯を見つけた。


最初は杉村さんの物かと思ったけど、本人は諸事情により携帯を持てないらしいので、あの屍体の遺物だ判断した。


本来なら警察に届けるべきだけど、これは私に与えられた千載一遇のチャンス。この携帯があの男と繋がっている。私の手が自然と震える。恐怖では無い、それは恐らく歓喜からくる震えだろう。


携帯のバッテリーはまだ残っている。


私はこの携帯に登録されている北白 本家という項目に、躊躇いなく電話をかけた。


落とした携帯を届けるという名目で私は単身、北白家へコンタクトをとる。


既に北白直哉は施設を出ている。


判決で無罪とされた彼は、人を殺しておいて殺人犯では無い。そんな理不尽を奥歯で噛み殺しながら、普段のトーンで電話に出た人間と通話する。


「私、佐藤と申します。こちらの携帯をご家族の方が落とされているようなのですが……」


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