友達との思い出
ゆめ、あめ、それは小さな頃の君の記憶。そこに私は居ない。
※ある臨床心理士の考察1
…彼女の安定していた容体がここにきて変化。何らかの外部接触が原因と思われる。本人に問い質すが核心には触れられず。担当医の私でも接触出来ない領域がハニー=レヴィアンには存在する。このまま本国へ強制的に帰還させる事も視野に入れるが、私は彼女の幼馴染に一握の希望を託して、その判断を保留状態とさせる。上層部への報告は追って連絡する。
*
僕は確か杉村のトンファーによって気を失っていたはずだ。ここは……どこだろう?ベットの上?まどろみの中、ぼやけた視界に例の彼女が映り込む。
はっきりとは解らないがその黄金に輝く髪と蜂蜜の様に甘い香りは、僕の記憶の中にあるある人物と合致する。僕は白いベッドに横になっている。その白く繊細な指先が僕の髪を撫で、額の左側面にある傷跡に優しく触れている。
「……私が……守……から」
彼女は何かを呟いたようだったが、その言葉を聞き終わる前に再び僕の意識は深い夢の世界へと連れ戻された。まるで其処が僕の本来の居場所であるかのように。
*
雨。
なぜかはわからないけど、ぼくのママは雨が降ると何処かに出かけてしまうんだ。ママが居ない時、パパが帰って来ると、ぼくはなぜだか怒られてしまう。そしてパパは散々ママの悪口を言った後、いっぱい殴るんだ。
だからママが居ない間、ぼくは外で遊ぶことにした。雨の日に外で遊ぶようになってからよっぽど雨が好きな子供だと勘違いされたのか近所の人から、黄色いレインコートをプレゼントされた。
雨の日に近くの公園、確か紫陽花公園ってみんなは呼んでいたなぁ。そこに行っても当然誰も居ない。仕方ないのでぼくは水溜りで遊ぶ。
周りを見渡すと誰も使っていない公園の遊具は、まるで僕の為に用意されたものみたいで小さな王様の気分になれる。
近くの家から、夕飯の温かい匂いが流れてきた。雨の中、ぼくは急に寂しくなった。ぼくはあと何回こんな事を繰り返せばいいんだろ。家でしたいゲームも、読みたい絵本もある。友達の家に行く事もママからは禁止されている。公園の植え込みに咲く紫陽花を眺める。
紫陽花は綺麗だけど、ぼくの興味はすぐに削がれて葉を伝うかたつむりに興味は注がれてしまう。ずっと眺めていても飽きないや。このかたつむりは一体何の為に生きてるのかな?ぼくも何の為に生きてるのかな?気付いたらぼくはここに居た。誰の何の目的でここにいるのか解らない。ママには必要とされて無いみたいだし、世の中は謎だらけだ。
かたつむりに熱い視線をぶつけていたら、誰かの気配がして後ろを振り向いた。
ぼくは目を疑った。そこにはお人形がそのまま大きくなった様な女の子が目の前に居たからだ。
ぼく達とは色の違う髪と瞳、何もかもが違う女の子に僕は目が離せなかった。かたつむりの存在なんてどこかに消えてしまっていた。その子は無表情だった。そして、次にお人形の様な女の子は差していた青い傘をぼくに近付ける。
「……交換して?私、この色嫌いなの」
ぼくは一瞬何を言われたのかわからなかった。徐々に雨つぶが女の子の綺麗な髪や衣服を濡らしていくんだけど本人は全く気にしていないみたいだ。「 濡れちゃうよ?」とぼくが聞くと更に傘をこちらに押しつけてくる。ちょっと怖い。傘の骨が僕に刺さって少し痛い。
「……その色が気に入ったの。交換して?」
色……?
「ごめん、ぼくの髪も目も交換は出来ないんだ。でも、その髪と目の色、綺麗だと思うから、キミはそのままでも……いいと思うよ?」
首を横に振る女の子。左右にまとめた髪が雨粒に反射して綺麗に輝いた。彼女の顔が少し赤くなった気がする。
「違う、確かに私の髪と目はあなた達と違うけど、変えられるなら変えてほしいけど……私がほしいのはその黄色いレインコートなの」
「あ、こっちか」
お人形みたいな女の子の髪と眼の色がとてもきれいで、他の事が頭に入らなかった。
このレインコートには愛着も無いからすぐ脱いで渡した。レインコートを羽織る間、ぼくは受け取った青い傘で女の子を雨から守る。黄色いレインコートを羽織った女の子は、自分の姿を見下ろすと一回転してぼくに批評を求めた。
「どうかしら?」
「少し大きめだけど、すごく似合ってるよ」って言ったら満足そうに微笑んだ。その笑顔は、太陽みたいだ。
その日、僕の手元のアイテム欄からは黄色いレインコートが消えたけど、代わりに青い傘が手に入った。そして1人ぼっちじゃ無くなって、友達を手に入れたんだった。
最初はよく解らなかったけど、その日から僕の毎日はきっと変わったんだと今は思う。雨が降っていた僕の曇り空に、黄金の太陽が挿し込んだ。
ハニー=レヴィアン。
それが彼女の名前だ。ぼくの名前と同じ緑青色した瞳を持つお人形の様な女の子。甘い蜂蜜の様な香りがぼくの鼻をくすぐった。