コーヒーヌガー
次の日。俺の相棒の奏がキラキラと爽やかに言った。
「宮と仲いいやつなら俺も仲良くなりたい」
そして
「私も!」
とたまたまそこに居た篠崎が言った。
そして昼ごはん時。俺達は4人で机をつき合わせている。
梓からは”テメェ、めんどくさい者連れてくんじゃねぇ”と無言の重圧を感じる。
とはいえ篠崎はともかく、奏に関してはいつかは関わり合いになることは避けようがないと思うから観念した方がいいと思う。
「やだっ 中原さんのお弁当豪快ー。美味しそう」
「……うん。とても美味しいよ。お母さん料理まぁまぁなの」
「そうなんだぁ。一口もらっていいかなぁ。私のもあげるー。ピーマン苦手なのー」
「へぇ、ピーマン嫌いなんだ。私は最近平気になった」
「すごいね! 私コーヒーもダメで」
「あ、それは私も」
………普通の女子らしい会話なのになんでだろう。梓が言葉を飲み込んでる気がするのは……。いや気のせいじゃないし、ていうか俺のつま先にかかる梓の靴の重圧もだんだん強くなってきた。
篠崎は爪もジェルネイルでキラキラにしており、メイクも男子受けのいい可愛らしい感じの女の子だ。
髪はミディアムショートのウェービーヘア。奏と並ぶとよく映える、ともっぱらの評判である。
「女子の会話は微笑ましいなぁ、ミヤ。俺も中原に紹介してくれるとありがたいんだけど」
「あーはい。OKだ。梓ー。
こちら上野奏だ。サッカー部所属の俺の友だち」
「そして私は篠崎桜。よろしくね」
と紹介が一応完了した。
「中原梓です。よろしく」
「中原って呼んでいい?」
「いいよ」
「俺のことはなんて呼んでくれても構わないぞ。ミヤは奏って呼んでる」
「私のことは桜ちゃんでいいよ」
「………。」
ゴクリ、とつばを飲み込む音が隣から聞こえた。そして足から圧力が消えたかと思ったら。右腕をガシッと掴まれる。どうにも混乱状態のようだ。
「じゃあ、篠崎さんと上野君で。ゴメンねどうにも恥ずかしいから」
と、さっくり名前呼びは笑顔で拒否した。抵抗があるのだろう。いきなり名前呼びっていうのは。
梓みたいにガードが固いヤツならなおさら。でも今回の場合あんまり賢い選択とは言えない気がするんだが。
「へー、中原さん。放送部なんだ」
「うん。曲のセレクトとか楽しいよ」
「じゃあ、今度リクエストしてみよっかな」
「歓迎する。けっこうリクエストが偏ってるから。数が多い方が選びやすい」
ふわり、と笑って篠崎さんと梓が両手をお互いに合わせてキャイキャイ話していた。
梓外面優等生モード全開。ていうか放送部か。知らんかった。
あんまり心配はしてなかったけど、普通の女子っぽくもできないこともないようだ。
「あぁ、運動会の時も司会やっていたな」
と奏が言った。だから梓の名前知っていたのか。
「うん。なかなか結果発表の瞬間とか楽しかった。
どこまで焦らしてやろうかと」
オイ、何変なポイントで楽しんでんだお前。
「ははっ。中原は面白いなー」
「そんなことないよー」
いや、そんなことあるわ。
「でも中原さんがこんなに話しやすいなんて思わなかった。人は見かけによらないねー」
まったくだ。ホントどんだけ自立精神強いんだか。
「ううん、それにしても篠崎さん可愛いからけっこう緊張しちゃうな」
わぁい。お前心にもないことをそんな人たらしの雰囲気を駆使していうもんじゃねえぞ。
「ヤダ、中原さんに言われたらすごい自信ついちゃう」
「そうかな?」
と顔を赤らめる篠崎。そしてそれをみて微笑ましいものをみるような奏。
チョイチョイと腹を突かれて。梓と目が合う。
〔ねー、もう疲れた〕
と虚ろな目が語る。顔は笑顔全開なのにどうにも目の奥が笑っていない。
〔もう少しファイトだ梓〕
〔どこまで…!? こんなキラキラ薄ら寒い爽やか会話耐えられない〕
お前奏苦手そうだもんな。善意100%、ついでにいろんな意味で鈍い。
知らぬが仏ということばはコイツに当てはまるとしみじみいえよう。
世の中の人間皆いい人ばかりだと思っている。とても平和な頭をしたボケである。
とはいえ、意外と奏の傍は居心地がいいし慣れれば大丈夫だと思うけど。
「やだ、二人とも目で会話しちゃって仲いいんだから。私たちの相手もしてほしいかな」
とツンと梓のおでこを押す篠崎と。
「そうそう、宮に仲のいい女の子ができて俺も嬉しいんだから」
とさながら子供の成長を見守るお父さんのような奏。
〔やだ、鳥肌が〕
〔…………ふぁいとー〕
「そんなことないよ。そこまで仲良くないし」
と梓がパタパタと手を振って否定した。
「えー。梓俺のこと嫌い?」
「はは、嫌いじゃないかなー?」
と語尾を上げて答えつつも今度はギリギリと腕を抓られる。なんだってんだ。
今日の梓は暴力的だ。
SIDE 梓
上野くんと篠崎さんを宮から紹介された。
私は知らない間にトラブルに巻き込んでくれそうな上野君とはお知り合いになりたくはなかった。
ただでさえ宮と仲いいので少し女子のヒンシュク買ってるのにクラス1の男前と名高い彼なんて。
しかも宮よりも空気読めなさそうだし。人の悪意にも鈍そうでどうにも苦手なタイプだ。
彼と仲のいい宮には悪いけど。嫌いではないけどどうにも苦手意識がわいてしまう。
「やだっ 中原さんのお弁当豪快ー。美味しそう」
「……うん。とても美味しいよ。お母さん料理まぁまぁなの」
「そうなんだぁ。一口もらっていいかなぁ。私のもあげるー。ピーマン苦手なのー」
「へぇ、ピーマン嫌いなんだ。私は最近平気になった」
「すごいね! 私コーヒーもダメで」
「あ、それは私も」
おおう、敵意をピリピリ感じる。さえない子がこんな男の子たちと話すなんておこがましいという圧力をこの可愛らしいお嬢さんから感じるなんて、なんてめんどくさい昼ごはんタイムだ。
ていうか豪快って褒め言葉じゃないし、それに私は残飯処理係じゃないんだけど。
グッと背筋を伸ばして気合を入れた。まずは形から。するとすっと思考がクリアになる気がする。
そして自己紹介のときはホントにちょっとどうしてくれようかと思った。
”桜ちゃんってよんで”には”キモイんだよお前”という副生音が。
”奏ってよんでくれてもいいよ”には女子としての立場とかの危機を感じた。
なので小心者といってくれるな。苗字に敬称をつける形で勘弁していただいた。
女子としてのぶりっこを駆使した篠崎さんはある意味で尊敬できるし、私にはない特技を持っていらっしゃると思っています。ですが関わりたくないんです、マジで。
キラキラしている奏くんはいい人っぽいです。清潔感のある黒髪にすらっとした足に。程よくついた筋肉。きっと目の保養でしょう。ですがあんまり私の好みの顔じゃないのですみません失礼ですがガッツが沸いてこないのです。
別に嫌いな女子に無視されるのはよくはないけどいいんです。
だけどこう、ずっと敵意を向けられ睨みつけられるのは精神意外と削られるんです。
放っておいて欲しいなぁ。ハハハ。
その後は部活の話から。テレビの話。それから最近の出来事をつらつらと。
外面駆使して普通の女の子を意識しながら会話を楽しんでいるように細心の注意を払った。
私頑張ってるよ。でも、午前の授業きっちり集中したの。頭酷使したんです。お昼休みは休憩なの、心と身体の休憩時間なの。なんで精神ストレス受けなきゃならんのだ。
ていうか宮も鈍い。まぁ気づかれないようにしているからしょうがないといえなくもないよ!?
でも彼女との仲の悪さを察して欲しいと思うのはやっぱり我がままなのか。
そしてやっぱり気づいてないようで私の好意を確かめるセリフが飛び出した。
ホントお前空気読め。馬鹿ぁ!
篠崎さんから殺気がもれてるじゃないですか。可愛い顔が台無し。
ふわふわの髪にくりくりした瞳。白い肌にピンクの唇。
ホント女の子。モテるのも納得だ。けど女子の嫉妬って何でこんなに迫力あるのか。
いや、男子の嫉妬は見たことないからわかんないけどもしかしたらそっちの方が恐いかも。
嫌いじゃない、ていうかむしろ好きなんて言ったらお仕舞いじゃないか。
色々察しろよ、とばかりに恨みをこめて私は宮の腕をギュウッと痛くなるように抓ったのだった。