エピローグ
本部に到着し、スペースシップから飛び出すや否や、一目散に佐古田支部に向かうワープホールに向かった。
「あ、待ちなさい!」
後ろでエミールが呼び止めたのが聞こえたが、今はそれどころじゃない。呼び止めた理由は今後のことについてだろう。
本来、到着した後はメンタルケアや機密についての話を参加者全員が聞くべきだった。しかしそんなの構っていられない。そんな状況じゃない。
本部内の廊下を走り、何度も職員とぶつかったりしたが、詫びる暇も惜しく、そのまま走った。
「なんでだよ……」
ワープホールに続く扉を強引に開き、中に飛び込む。
ワープホール内を走っても体力を消耗するだけだと分かっていたが、走った。
気が焦った。
「クソォッ!」
なかなか思うように速く進めないワープホールにイライラしながら抜けると、佐古田支部の、例の少し広い部屋に出た。
いつも通りだ。ここまでは何ら日常と変わらない。
階段を駆け下りて外に出ると同時に鎧を纏い、ブースターを起動。一気に飛んだ。走るよりもずっと速い。
向かった先は病院。
心臓がバクバクと、口から飛び出るんじゃないかと思うほど早鐘を打ち、しかし体は血の気が引いていくような感じがして冷や冷やして。
頭には血が上り、目の奥は熱くなって。
手のひらからは嫌な汗が出た。額からも。でも体はどんどん冷えていっているような感覚がある。
汗が冷めて体温が下がっているのではない。
血の気が引いていく原因は絶望。ショック。悔しさ。
俺は神の存在を信じちゃいない。見たことがないからだ。初詣に行くのは親が行くから。ただの付き添い。
でもこの時、もし本当に神がいるなら、絵で見るその偉そうにしている面をぶん殴ってやりたいと思った。
お前にこの辛さが分かるかと。
やはりこの世の中は平等ではない。
病院の入り口に降り立ち、鎧を解除した。周りにいた人ががいきなり目の前に白い鎧を着た人間が現れたことに驚いたようだったが、知ったことじゃない。バケモンにでも思ってもらえばいい。
病院に入るとまた走った。全力で。
「走らないでください!」
「止まりなさい!」
看護士さんが俺を呼び止めるが、足を止めるわけにはいかない。
心で詫びながら走った。
彼らを恨みながら。
「ハァ、ハァ……」
口で呼吸をしながら走ったので喉が急激に渇いていく。階段を全力疾走したため足の筋肉が痛い。
『あ、大樹さんですか?佐古田病院です』
スペースシップで地球に向かっていた時、地球到着まであと30分くらいだっただろうか。
電話がかかってきた。
『お父様やお母様のお電話になかなか繋がらないので、大樹さんにお電話を差し上げました』
病院から電話、というものは間違いなく良いことではない。
姉に何かあったことは分かった。
この時には既に、嫌な妄想が膨らんでいた。
『大変申し上げにくいのですが……』
前置きはどうだっていい。さっさと言え。
この時の俺は今みたいに冷や汗がすごかった。
『お姉様が危篤です』
302号室。
扉を乱暴に開けると、両親と田宮先生、看護士2人が姉のいるベッドを囲んでいた。患者は姉ただ1人。他の患者は移動させられたのだろうか。かなり奇妙だった。
「よく頑張ったわ、夏紀……」
母が泣いている。 その隣で父が夏紀の手を握り、頭を撫でている。
『危篤です』
うるせぇよ!頭ん中で響くんじゃねぇ!
「やっと来たか、大樹」
「父さん……」
姉は眠っていた。ただ、以前と違っていたのは口に酸素マスクがついていたこと。
ああ、ガンはついに酸素マスクを必要とするまでになったのか。
でも変だな。ドラマで見た酸素マスクは、呼吸するたびにマスク内が呼気の水分で曇るはずなんだけどな。
『死ぬ前に大樹の彼女見たかったもん』
そんなこと言うなよ……そんなこと、そんな寂しそうな笑顔で言ってんじゃねぇよ!
「夏紀さん、よく頑張ったよ。最期まで、よく……」
「うっせぇよ!」
「大樹っ!」
田宮先生に殴りかかろうとした俺を母が止めた。
でも止めなくても殴ることなんてできなかった。
何が「最期」だよ。何が……。こいつはただ疲れて寝ちまっただけじゃねぇか!
クソッ、涙が……。
「ほら大樹、夏紀にちゃんとお別れ言いなさい……」
「母さん……ぅぅっ」
田宮先生が酸素マスクを取った。やはりその内側は曇っていなかった。
「大樹くんのお姉さんはよく頑張ったよ」
マスクを取られ、顔が露わになったが、その顔に苦悶を感じさせるものはなく、泣いた跡が見られただけで、どう見ても眠っているようだった。
だから尚更悔しかった。
苦しかっただろうに。もっと早く帰ってきていれば。もっと早くお金を調達できていれば。
何もしてやれなかった俺にまでそんな顔を見せてくれる夏紀を見ると、自分の無力さが悔やまれた。
しかも俺は夏紀が息を引き取るその瞬間すら立ち会えなかった。
「ぅぅ……」
俺はただ、亡くなってしまった夏紀にしがみついて泣くことしかできなかった。