そんな彼女の悩みの種
鬼とは、日本の民話や郷土信仰に登場する退治すべき物で、簡単に言ってしまうと悪役。そういう認識だろう。子供からは悪い奴、酷い奴といった不名誉な評価をいただいている事だろう。
そんな化物のイメージがある(というか実際、物語では化物な)鬼だが、嫉妬心などから人から鬼と化すという伝承もある。その実例が私の父と母、だそうだ。父と母は2人とも、付き合っていた頃に鬼と成ったらしい。何故分かるんだと聞くと、感情が昂ぶった時に角が生えて、目が赤くなっているのを見て、鬼っぽいと思ったから鬼だとか。適当である。(因みに、感情が昂ぶった時に成ることを鬼化と読んでいる。)ならば、何故そうなってしまったのか聞くとそれは分からないらしい。母はきっと私達の愛ね!といっていた。何処らへんが愛なんだ、意味が分からない。まあ、能天気な父と母についてはこれ位だろう。
そんな訳で、私萱原鬼葉は鬼の娘である。格好良く言うならば鬼子だろうか。
鬼である私の親と、鬼子である私の能力は鬼化した時の治癒力と身体能力の向上である。その所為でごく稀に起こる夫婦喧嘩がとにかく凄い。私としてはこの能力の使い道は全く無いので、意味が無い。
人間は異物を排除しようとする。特に子供は純粋が故に残酷だ、異物を排除しようとする動きが顕著で、それが虐めに現れている。鬼化は落ち着いて生活していれば問題無いので大丈夫だが、私は(子供らしく無いとはいえ)まだ子供なのでちょっとした拍子に、と言うこともあるかもしれないので気をつけなければならない。
家にいる時以外は気を抜けないのが、私の最近の悩みだ。
市立江南小学校。それが、私の通っている学校の名前だ。
因みに今は放課後。授業がすべて終わって皆友達と一緒に帰り始めている。
「鬼葉ちゃーん、一緒に帰ろっ!」
彼女は佐野小雪。二重の可愛らしい瞳は彼女の気持ちを表すようにキラキラと輝いている。授業が終わって帰ることが出来るのが嬉しいようだ。
「いいよ、帰ろうか。」
私が了承すると、小雪ちゃんはニコニコ顔で喋りながら教室を出る。短く切り揃えられた黒髪が少し揺れていてさっきよりも嬉しそうだ。きっと一緒に帰れるからだろうと思いながら、私はゆっくりとその後を追う。
ふと、私は思考する。彼女は本当に恋愛感情で私が好きなのだろうかと。1ヶ月前、私は彼女に告白された。衝撃の告白の方では無い、愛の告白の方だ。まあ、ある意味衝撃でもあったのだが。私も、彼女も女だから。私としては誰に恋する、なんて事はその人の自由だと思っているので別に良いのだが、彼女は私が鬼子であると知らないのだ。こんな物に恋をしているなどと、彼女が可哀想では無いか?
まあ、可哀想だと思っていても意味の無い事なのだが。自分にどうにかする意思がないから、いくら彼女が可哀想だと思っていても、彼女に自分が鬼子であると打ち明ける気は無いのだ。精神年齢が少しばかり上だとはいえ、怖いから。否定、される事が。
だから、暫くはこの関係でいいじゃないかと思う。こんなのは一時的な逃避だ。いつかは真実を伝えるか、伝えず離れるか、はたまた伝えずそのままにしてしまうのか、選ばなければならない。
でも、今は、今だけは何も知らず、幸せな時間を。何も知らないままで。