そして物語は始まる。(完)
困った……。
屋敷に向かう馬車の中で、アーサーは内心焦っていた。
あのままでは、少女に何をするかわからず、
取り合えず訓練でもすれば気がまぎれるかと思ったのだが……
逆効果だった。
自分以外の者に笑いかける少女を、
このまま永遠に屋敷に閉じ込めておきたいと思う自分は、
どこかが狂ってしまっているに違いない。
対して、レフィーも困っていた。
彼のもとへ着たはいいが、どう切り出せばいいかわからない。
一生、彼と一緒にいたい。
そう、伝えようと思ったが、本人を前にすれば、高鳴る胸を押さえるだけで精いっぱいだった。
お互いに気まずく、馬車のなかに沈黙が落ちる。
「そういえば、なぜ、訓練場に?」
ふと、気になってた尋ねれば、レフィーはふいっと目をそらして黙り込んでしまった。
答えないレフィーにグリフィスは笑って言う。
「まあ、いい。それより、お前に渡しておきたいものがある」
そう言うと、レフィーの隣に移動してきて、その手をそっと取った。
「レフィー」
そう言って彼が指にはめたのは。
永遠を約束した恋人同士が交わす輪だった。
「レフィー、三ヵ月後、火冠の月に結婚する」
メイド長と母上が聞いたら卒倒しそうな日付だった。三か月で、式場、衣装、招待状、料理、花…その他もろもろを用意するのに彼女たちがどれほど苦労したかを、彼は後々まで愚痴られる羽目になった。
レフィーは、自分の指にはめられた銀色の輪を、信じられないという風に見つめた。
そして、緊張の面持ちをしたアーサーに告げた。
「昔、心から愛した人がいたの」
爆弾発言だった。
盗み聞きしていた御者は、危うく手綱を落とすところだった。
効果抜群の火薬が、グリフィスの胸を焦がす。
おもわず、白くなるほど手を握りしめ、激情を抑え込む。
今ならば、王都を焼き尽くさんとした狂王の気持ちが分かるかもしれない。
そんな彼に、指輪を凝視し続けるレフィーは気付かない。
「だけど…。だけど、その人は、もう、この世にいない。だから……アーサー」
彼女が彼の眼を見つめる。
深い漆黒と燃える赤が交差する。
「私をあなたに捧げるわ。だから、最期の時まで、ともにいてくれる?」
レフィーが問う。
「俺が、俺を捧げるのは、おまえだけだ。最期の時まで、決して離しはしない。お前がどんなに嫌がろうと。その覚悟はあるか?レフィー?」
アーサーが問う。
クスリ、とお互いの顔を見合せて笑った。
炎の竜族長アーサーとその最愛の妻レフィーの物語が、今、動き出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。