夢か幻か。・・・うん。悪夢だな。(By シオン)
「へ?」
我ながら間の抜けた声だと、近衛隊副隊長、マイト・シオンは思った。
目の前に、死屍累々と部下たちが転がっている。
そして、その中心に立って、最後の一人と闘っているのは、
……ここにいるはずのない人だった。
そろそろ昼時なので飯に部下を誘おうと訓練場に来たところ、この状態だった。
「な、なんで。あなたがここにいらっしゃるのですか、グリフィス様―!」
シオン副隊長の悲痛な叫び声が今日も訓練場に響く。
どさり。
最後の一人が力尽きて倒れた。
そして、グリフィスの紅い瞳がシオンを捉える。
(や……)
グリフィスがこちらにむかってくる。
その眼は。
(殺る気だー!)
腰の剣に手をかけつつ、後ずさりをして、何とか逃げようとする。
救世主は、意外なところから現れた。
「アーサー?」
殺伐とした訓練場に不似合いな、澄んだ少女の声がシオンの後ろからした。
と、グリフィスの体から殺気が消え、なぜか、シオンの方に向かい微笑みかけている。
(((((グリフィス隊長が笑った――――!))))
無愛想、無骨、無感情が代名詞の彼が。
死んだふりをしたまま、こちらをうかがっていた部下たちが、信じられないという顔でグリフィスを凝視する。グリフィスはそれに構わず、微笑んだまま、口を開いた。
「こちらに来い、レフィー」
気味が悪いほど優しい声だった。
あの隊長のどこからこんな声が出てくるというのか。
固まったままのシオンの横を、黒髪の少女が通り過ぎる。
白い少女だった。
髪と瞳こそ黒いが肌は近衛隊の制服のように真っ白だ。
その髪の色と肌の色の対比が、また……。
そんなことを考えつつ彼らが少女を見ていると、隊長のグリフィスは少女を抱きしめ、その髪に顔をうずめた。
再び固まる観衆を気にすることなく、グリフィスは嫌がる少女を腕の中に閉じ込めた。
そして、周りにいる男たちを鋭く睨む。
(ああ、そうか)
上司が何を言いたいのかわかり、シオンは苦笑する。
(つまり、僕たちを牽制しているわけか)
少女の白い首筋が、徐々に赤くなっていく。
「そういうわけだから」
何がどういうわけか、まったく訳が分からん。
近衛隊全員の心(隊長を除く)が一つになった瞬間だった。
さっきまで倒れ伏していた部下達はボロボロなままではあったが、グリフィスの前に整然と並んでいる。
厳粛な軍の様子に見えるだろう。
肝心の隊長が、腕の中に少女を抱えたままでなければ。
だが、そんな周りの思いにも気付かず、グリフィスは、話を続ける。
「今日から3日間、休暇をとる。屋敷をあけていることもあるだろうから、緊急の時は連絡石を使え。シオン、あとは任せた」
「は、はい」
結局、なぜグリフィスがここに来たのかはわからなかったが、大人しく休暇に入ってくれるならそれでいいと、シオンは思う。
その時、少女がするりとグリフィスの腕から抜け出した。
そして、整然と並ぶ隊員たちの中の二人の元へ駆けていく。
シオンは、自分の顔が引き攣るのが分かった。
隊員たちは、隊長の瞳に宿った剣呑な光に恐怖した。
「先日は怒鳴りつけたりして申し訳ありませんでした。是非またお店にいらしてくださいね。」
そんな周囲を知ってか知らずか、少女は顔色の悪い二人に話しかける。
「失礼いたします」
(・・・おや?)
少女が二人にした礼は、ただの黒色とは思えないほど、優雅なように思えた。
不思議に思って、上司に尋ねようかと顔を向けて、ぎょっとする。
怖いぐらいの微笑みが、その顔にはたたえられていた。
その表情のまま彼はシオンを見た。
(怖いです、隊長! 目、目が、笑ってない!)
だが、部下のそんな心の叫びにも気付かずに、グリフィス隊長は、優しい声で囁くように言った。
「やはり、隊長が長くいないというのは問題があるな」
そんなことないと、首をぶんぶん振る副隊長を無視して、隊長は続ける。
「明日も、稽古だけはつけてやろう」
そして、青を通り越して、白くなっている二人の隊員に目をやる。
「レフィーも、あの二人に目をかけているようだし」
―――あいつらを逃がすな。
目で、シオンに命ずると、グリフィスは戻ってきた少女を捕まえ、
引きずるようにして去っていった。
嵐は去った。
とりあえず。
「さて」
シオンは爽やかな微笑みを浮かべて呟いた。
件の二人を隊員達が取り囲む。
「お前達が知っていることを全て包み隠さず話せ」
断末魔の叫び声が、訓練場に響き渡った。