青空を見せてくれた人
訓練場に行くというアーサーを見送って、レフィーはもといた部屋に戻った。気の利くメイドが用意してくれた紅茶を飲みつつ、窓の外を見やる。
ああ、昔を思い出す。
昔。
私が、『飼われて』いたときのことを。
汚らわしく、おぞましい、
黒く、黒く、塗りつぶされた過去のことを。
それは、遠い国の話。
その国では、黒色は獣として扱われていた。
そこで、レフィーはある竜族に飼われていた。豪華な食事をとり、色とりどりの衣装を着て、素敵な部屋の中でレフィーは飼われていた。庭に出ることすら許されず、首には呪鎖をつけられ、話し相手もいない生活。
そこに、現れたのがルナだった。
客人としてきた彼女は、レフィーを外の世界に、連れ出してくれた。
どこまでも広がる空。窓で四角く区切られた空しか見たことのなかったレフィーの知らない世界。彼女は、ルナは、私に空を見せてくれた人だった。
紅茶を揺らす。
琥珀色の液体が必死にカップにしがみつく。
レフィーも必死にルナにしがみついた。
だが、大切なものはいつだって、私の手の中をすり抜けていく。
ルナは、賢く強い女性だった。
自分の道を自分で切り開く人だった。
家名に頼らず生きるため、軍に入ったのだ、と笑って言っていた。
そんな彼女に仕えることが自分の喜びだった。
だが、彼女は虚無に落ちてしまった。
虚無。それは、この地の果てにある深き歪んだ黒空。
それは、地獄への道とも、この世ならざる地と繋がっているとも、すべてを無に帰す穴だともいわれている。
本当のことは、何一つわからない。
わかっているのは、それに落ちれば二度と帰れないということだけ。
そして
そして落ちたのだ。
ルナが。
虚無に。
彼女は軍人だった。その任務中のことだった。
彼女がこの世にいない。そう思うと、屋敷のすべてが苦痛に思えた。
彼女の好きだったティーカップ
彼女が立っていた階段
彼女が愛した花
すべてが
色鮮やかに
彼女をよみがえらせる
どうしようもない衝動に駆られ、レフィーは屋敷を飛び出した。
その後のことは、よく覚えていない。気づいたら、ミーアとダールに拾われていた。死ぬことはできなかった。誓いがあったから。彼女に恥じない生き方をする。それが、私の誓い。
だが、レフィーは生きる気力を取り戻せなかった。空っぽの心を抱え、日々は空しく過ぎて行った。
そう、あの日までは。彼が初めて店に姿を現した、晩までは。
あの、晩のやり取りが、胸の奥に何かを灯すまでは。
脳裏に、いつかの彼女のセリフがよみがえる。
『レフィー。いい? 本当に欲しいのはあきらめてはだめ。しっかり捕まえて離しちゃだめよ。そして、運命を切り開いていくの』
昨晩のことを思い出す。
初めて名を呼んだ、呼ばれた。
その時、胸の奥から湧き上がった感情は。
『離しちゃだめよ』
うん。ルナ。わかっている。
今度こそ、離さない。
急いで紅茶を飲み干すと、レフィーは部屋を出た。