【短編】八尺様♂が転生後まで憑いてきちゃった!~異世界に馴染みすぎた怪異が、スパダリになって私を離してくれません!~
――私、転生してたんだ。
前世の記憶を取り戻したのは、かつての死に際に似た浮遊感のせいだと思う。ただし、崖から落ちたあの時とは違って、今はとある伯爵家の庭にある池へ落ちている最中……だけど。
私を突き飛ばした令嬢達の走り去る音を聞きながら、落ちる!と目をぎゅっと瞑った――その時。
私は、もう一つ思い出してしまったの。
崖から落ちる時、私に手を伸ばしていた白くて大きな姿。白い帽子を被り、真っ白な服を着ている、山では異様に目立っていた、その存在を……。
「ぽ」
鳴き声とも言えないような低い声が響いたあと、私の体は何かに掴まれ、ふわりと浮いた。これまでとはまた違った浮遊感に、思わず目を見開く。
さっきまで迫っていたはずの水面が遠のき、穏やかに煌めいている。しかし、私の心中は穏やかとは程遠かった。
――待って。待って待って待って!どうして!?
いつの間にか逞しい腕に優しく抱きかかえられていた私は、恐る恐る顔を上げた。長い黒髪が私の頬を撫で、髪の隙間から覗く底知れない黒い瞳がうっそりと私を捉えている。
「ぽぽぽ……!」
「ぎゃあああああ!出たあああああっ!?ふぅっ……」
あの日、私と一緒に崖から落ちた、前世で言うところの都市伝説――怪異・八尺様が、嬉しそうにこちらを見つめていて……。
私はその場で気を失った。
私――男爵令嬢セイラ・モンタニェの前世は、奥山聖来という日本人だった。
山や田んぼばかりの田舎で生まれた私は、元気に畦道を駆け回り、虫取りをして、川に飛び込んで育った。きっと都会っ子には想像出来ないよね。
近くの山で、おばあちゃんが好きな山菜を採っては、家の裏手から山へ続く道にあったお地蔵様にお供えをしていた。時々、「今日も山ば見守ってくれて、ありがとね」なんて話しかけていた気がする。
まだ小さい頃、迷子になってしまった時は、蛍が家までの道を案内してくれたり、川釣りをしていた時は、私だけやたらと釣れたりした。
おばあちゃんには「聖来は山さ好かれでんだねぇ」って言われていたっけ。本気にしていなかったけど、ちょっと嬉しかったな。
でも、私は年を重ねるうちに都会に憧れた。テレビで見る、同じ日本とは思えない景色が羨ましかったの。
高校の進路選択が目前に迫った時、どうしても都会への憧れが捨てきれなかった私は、両親に「寮のある公立高校さ受がったら通わせて!」とお願いした。そして、見事合格。
晴れて、街の中にある高校へ進学したの。
高いビルや大きなショッピングモール。まさか歩いて行ける距離にコンビニがあるなんて!と感動したっけ。
こんなふうに、田舎育ちじゃなければ知らないことがあるように、都会でなければ知ることのないものが沢山あった。
その一つが、都市伝説――怪異の話だった。
それは、高校二年生の夏休み目前。期末テストを終え、連日のテスト勉強から解放されたばかりのこと。
「ねぇねぇ。聖来って、ホラーとか都市伝説って好き?」
クラスの友人がそう声をかけてきた。
「都市伝説ってなに?妖怪みたいなもの?昔話や迷信ならおばあちゃんに教えられたけど……」
「あはは!なにそれ!それはそれで気になるけど、そういうのじゃなくて……こういうの!」
友人がにこにことスマートフォンを見せてきたので、私は深く考えずに画面を覗き込んだ。
真っ黒な背景に、白い文字の説明文。所々に赤い文字が浮かぶ不気味なサイトには、『きさらぎ駅』『くねくね』『ひとりかくれんぼ』『八尺様』などが書かれていた。
これが地元の友人相手だった場合、「あそこの神社にはお狐様が出る」「カカシが知らない間に動いている」なんて、身近に起こった不思議な話や怖い話になっていただろうな。
「へぇ。こんなのがあるんだ」
「そうなの。実はね、私の好きなアイドルグループの一人が、都市伝説を題材にした映画の主演をするの。お願い、聖来!秋に上映されるから、一緒に見に行って!」
「ははーん。だから突然、都市伝説なんて言い出したんだ」
その子は、純粋に都市伝説を知ってほしかったわけではなかった。一緒に映画を見に行ってほしいから、題材になっている都市伝説も知ってほしかっただけだったの。
友人の本音に笑いながら、私はサイトに目を通した。
読んだ人を怖がらせるために書かれたような、『人に知られることで都市伝説の力は強まり、その輪郭をはっきりと現すことが出来るようになる。そのうちきっと、あなたの前にも……』なんて文章など、何の気にも留めずに。
それから夏休みに入って、私は実家へ帰省した。
蝉や蛙の鳴き声が忙しなく響く、見渡す限り緑ばかりの景色。
都会が好きな気持ちは変わらないけれど、長年暮らしてきた地元だもん。愛着はある。両親やおばあちゃんに温かく出迎えられると、家に帰ってきたなぁと安心出来た。
何より私は、物心付く頃から自然の中で生きる術を学んでいる。こういう時こそ親孝行、祖母孝行だと、私はここぞとばかりに張り切って、山へ向かう準備をした。
「ばあちゃん!これからばあちゃんの好きな山菜採ってくっからね」
「わざわざいいのが?」
「うん!ちょっと行ってくるな!」
そこで私は――崖から落ちてしまった。
友人と見た都市伝説のサイトに載っていた、身長が二メートル以上もあるという八尺様を見て。突然のことに驚いて逃げ出して、足を滑らせてしまったの。
きっとそのまま死んでしまったんだろうな……。
「……だからって、どうしてあなたまでこの世界にいるの?」
「ぽ?」
私は自室のベッドの上で、体を小さくしてその存在を凝視していた。
この八尺様は、どうやら私と一緒に崖から転落して、今世にまで何故か付いて……いや、憑いてきたみたい。な、なんで?
怪異なんだから、生死の概念なんてないよね?いや、漫画やホラーゲームなら、怪異を倒すような作品もあるんだっけ?あぁもう訳が分からない……っ!
しかも私は、招待されたガーデンパーティーで気を失ったあと、八尺様によって男爵家の屋敷に連れ戻されたらしい。
きっと、主催者に挨拶もせずに。
だって、この「ぽ」しか話せない怪異が、状況を説明出来るとは思えないんだもん。断りなく会場を抜け出したに違いない。ただでさえ今は立場が悪いのに!
というか、もしかして、もしかしてだけど……。
「ねぇ。まさか、私の『守護の加護』の正体って、あなたなの……?」
「ぽ?ぽぽぽぽ!」
八尺様はベッドの側の地べたに座って、ふりふりと体を左右に揺らしている。
これが子供なら可愛いんだろうな。でも、相手は二メートルを超えた大男の怪異。こんな巨体に可愛さなんて求めていない。
しかも、何を言っているかまったく分からないんだけど……それは返事なの?
そもそも八尺様って、『巨大な女性』って書いてあったよね?あぁ、でも、男性に派生した話もあるんだったっけ……?
「でも、そう……。ようやく……ようやく加護が発現出来たと思ったら、まさかの怪異憑きだったってこと?しかも、前世を思い出したから?嘘でしょ……」
受け止めきれない現実をブツブツと呟きながら、私は顔を覆う。
そこへノックの音が響き、メイドのモリーが部屋へ入ってきた。お茶を用意してくれたらしい。
「セイラお嬢様、お加減はいかがですか?」
「全然大丈夫じゃない……かな」
いい香りに顔を上げる。モリーがサイドテーブルにお茶を置いてくれて、私はそれに手を伸ばした。
「お客様もお飲みになりますか?」
「ぽ……?」
モリーは平然と八尺様に問いかけ、私はお茶を吹き出しそうになってしまった。必死で堪えた代償に、ゲホゲホと噎せてしまう。
「お、お嬢様!?大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫って……モリーの方が大丈夫!?どうして普通にその大男を受け入れているの!?」
「え?だって、気絶したお嬢様を連れ帰ってくださった恩人ですよね?本当は椅子をご用意したかったのですが、この屋敷にある椅子では合わなさそうで……申し訳ございません」
「ぽ」
受け入れているどころか歓迎している!?それに、八尺様は「ぽ」って声と一緒に頷いて……意思疎通出来ているの!?
「それに、見たことのない種族ですが、大男と言っても竜人より少し大きいくらいじゃないですか」
「ぽぽぽ」
あぁ、確かに。竜人より少し大きいくらいかぁ、そっかそっか。八尺様もうんうんと頷いて……
って、納得出来るかーっ!
転生先のこの世界には、人間以外の種族が存在するの。さっきも挙がった竜人は勿論、獣人や魔人、エルフにドワーフ。あとは、モンスターも生息している。前世では空想と言われていた生き物が実在しているんだよね。
……ん?そう考えたら、八尺様ってこの世界では怪異じゃなくて普通に生物として扱われるのかな?
八尺様はモリーからお茶を受け取ろうとして、ティーカップの縁に触れた途端、長い手がビクッと跳ねた。どうやら熱かったらしい。「ぽっ!?」と驚いた声を上げて、わたわたしている。
いや、分かるよ。分かるけど。あなた、怪異だよね?熱いとかあるの?
モリーは「ここをお持ちください」とティーカップの持ち手を持つよう話しかけている。八尺様も素直に従って……って、私は何を見ているのかな?
「やはり、パーティーは楽しめませんでしたか?気を失って戻っていらっしゃるなんて……一体何があったんですか?」
「あー……」
気を失った原因なら、そこにいる怪異のせいなんだけど……とは言えず、言葉を濁す。
それに、“パーティーが楽しめたかどうか”という問いに答えるなら、どう取り繕っても楽しかったとは言えないしね……。
だって、不本意ではあるものの、八尺様に助けてもらわなければ、私は他人の家の池に落ちるところだったんだもん。
私が令嬢達に突き飛ばされた理由――それは、一向に加護を発現出来ず、それを理由に婚約を解消されたから。
この世界では、一人につき一つ、スキルや加護を授かるの。
スキルは、個人に備わる技術や能力。当たり外れもあるし、スキルの強さも人それぞれ違う。
対して加護は、神様や精霊といった高位の存在から与えられる、とても珍しく特別なもの。スキルに比べて高い効果を発揮し、多くの恩恵を得られると言われている。
そんな世界で、当時十歳だった私は『守護の加護』を授かっていることが明らかになったの。
「なんと珍しい!この加護は、きっとこの国の安寧に繋がる力となるでしょう!」
神殿でそう告げられた翌日には、驚くほどの釣書が我が家に届いた。国境近くの田舎男爵家……しかも十歳のなの子供によ?
前世の記憶を思い出した今となっては、それって秘匿すべき個人情報じゃないの?と呆れてしまう。
更に厄介なことに、このスキルや加護って、発現出来るまでにかかる時間が人それぞれ違うの。すぐに使えるようになる人もいれば、成人して十年以上経っても使えない人もいるらしい。
それなのに、王族の血を引くトナンディー公爵家との縁談が押し進められたの。我が家に王命が下されて、断れるはずもなかった。
いくら自国で力を活かしてほしいからって、加護が発現する前から抱き込もうとするなんて。
おかげで、婚約者となった二つ年上のリアリス・トナンディー様から、「加護の発現はまだか」って何度責められたか。
そうして加護が発現出来ないまま時間だけが過ぎていって、私の立場はみるみる悪くなっていった。
「いくら貴重でも、発現出来なければ何の意味もないよな?」
「無能な男爵令嬢と婚約させられたトナンディー公爵令息が可哀想だわ」
周りからそう言われても、リアリス様は庇ってくれなかった。それどころか、彼らに自分の不運を嬉々として話していたくらい。
リアリス様に嫌われても、周囲から心ない言葉を向けられても、加護を除けば私はしがない男爵令嬢でしかない。だから我慢するしかなかったの。
結局、私はずっと加護が発現出来なかった。それでひと月前、私が十七歳になったタイミングで「もううんざりだ!」とリアリス様から婚約の解消を告げられたの。
「一向に加護が発現出来ない奴と婚約している価値なんてない!」
だって。彼自身も間もなく二十歳を迎えるにあたって、他の令嬢との婚約を考えたくなったらしい。
王家も、待てども待てども力を発現しない私に興味を失ったようで、婚約解消を許可すると一筆書かれていた。
それについては私も引け目や申し訳なさを感じていたから、理解は出来るんだよ?
でも、婚約を解消する前から他の令嬢達を侍らせて浮気してたくせに?王家だって、それを知らないはずないのに?そもそも無理やり婚約させたのはそっちだよね?って思っちゃったよね。
「確か、今日のパーティーの主催は……」
「イーディ様。自慢げにリアリス様……ううん、トナンディー公爵令息と出かけた話を聞かされたよ」
伯爵令嬢イーディ・ショベッニ様は、リアリス様がよく連れていた令嬢の一人。
ガーデンパーティーに招かれたのは、イーディ様の取り巻きの令嬢達と私。延々と続く自慢話と、私を憐れみながら貶すような言葉を聞き流して、黙ってお茶を飲んでいた。
マウントを取りたくて仕方がないんだろうけど、幼稚だなぁ……と胸の内で溜息を吐きながら。
そんな考えが顔に出てしまっていたんだと思う。「庭でも歩きましょうか」とイーディ様が言い出して、その後、取り巻きの令嬢達に池へと突き飛ばされたの。
そのおかげで……いや、そのせいで。私は前世の記憶を取り戻し、八尺様の存在も思い出してしまった。
人に知られることでなんとかって、あのサイトにも書いてあった気がするけど……。いやでも、まさかずっといるなんて思わないでしょ!
「身勝手な話ですよね。発現出来ていないだけで、加護を授かっているのは嘘じゃありませんのに」
「本当にね」
「自分達の都合でお嬢様との婚約を望んだのに、加護が発現しないからとお嬢様を悪く言って。挙句、婚約解消なんて……」
「しかも、『本当なら婚約破棄してやりたいところなんだぞ。双方合意の解消にしてやるだけ有難いと思え』って恩着せがましく言われたの。あー腹立つ」
うんざりした顔で俯くと、何かが頭を覆った。ぎょっと視線だけ上へ向けると、異様に長い腕が私の頭へ伸びていた。どうやら八尺様に撫でられているらしい。
八尺様の身長で考えたら腕だけで一メートルは超えているだろうし、手のひらだって三十センチ定規くらいある。
……いや、怖いわ!私の頭、握り潰さないよね!?
「婚約解消だなんて、実質婚約破棄と大差ないじゃないですか!トナンディー公爵令息がお嬢様を悪く言いふらしているせいで、ひと月経ってもまともな釣書が届いていないんでしょう?」
「……そうらしいね」
これまで散々私のことを悪く言っていたリアリス様は、婚約を解消してすぐ、
「加護にも見放されているのに、慰謝料まで背負わされたら憐れだろう?だから、婚約解消で許してやったんだ」
と触れ回ったそうなの。周りの令息令嬢は「迷惑をかけられたのに寛大だ」「お優しいですわねぇ」と彼を褒めているらしい。どこがよ!
そのせいか、十歳の時には『守護の加護』に群がって大量に届いた釣書が、今回は全然来なかった。
ちらほらと届いたものは、私よりも二回り以上年上だったり、社交界で評判の悪い相手だったり。それでも相手は男爵家よりも格上ばかりだから、お父様が頭を抱えていた。
役立たずな娘だと言って、そんな相手に嫁がせられてもおかしくない世界なのに、お父様もお母様も私を大切にしてくれている。
だからこそ、早く加護を発現したかったんだけど……って、あれ?
「ねぇ、えっと……」
「ぽ?」
八尺様に声をかけたものの、この世界で『八尺様』と呼ぶのはなんだか違う気がした。日本語って慣れていないと発音しづらいしね。
でも、なんて呼べばいいんだろう。八尺様……八?うーん、なにかあるかなぁ。
八。ハチ。8……エイト……。いや、前世のクラスメイトに栄斗君っていたから、それは嫌だなぁ。……あっ、それなら。
「メビウス。今日からあなたをメビウスって呼んでもいい?」
8を横にしたような無限記号の一文字を使って、“メビウス”と読ませていたアイドルグループがあったことを思い出した。
――かつて友人と見に行こうと約束していた映画。その主役に抜擢されたアイドルが所属していたグループがそうだった。
懐かしいなと前世の記憶を噛みしめていると、八尺様……いや、メビウスに突然抱きしめられた。ひぇっ!?大きい!怖い!なになに、なんなの!?
「嬉しい、嬉しい。めびうす……僕の名前、今日から、メビウス」
「…………は?」
今、喋った?……喋った!?
「あなた、『ぽ』しか話せないんじゃ……?」
「僕、ずっと、声、かけてた。でも、伝わら、なかった。どうして、伝わる?」
「いや、知らない知らない!どうして……って」
メビウスと呼ぶ前は、「ぽ?」って返事をしていた気がする。それなのに、突然話せるようになったのなら、その直前に要因があるはず。とすると――
もしかして、名前を与えるってまずかった?
なんだか嫌な予感がして、血の気が引いていく。そんな私などお構いなしに、メビウスは感極まった様子で、私の頭の上で自分の頬をスリスリしている。
「嬉しい、聖来と、話せる!嬉しい!」
「お嬢様、この方とお知り合いなのですか?」
「あーえっと、その……多分だけど、メビウスが私の加護なんだと思うの」
「お嬢様の加護!?この方……いえ、このお方は、神様や精霊なのですか!?」
ああぁっ、違う!加護だと思うけど、神様や精霊じゃなくて、怪異なのーっ!
でも、怪異と神様って紙一重みたいに描かれている作品は沢山あるし、それに近いものってことで許して、モリー!
私が冷や汗を垂らしながら頷くと、モリーは目を輝かせてメビウスを見つめた。
「加護が実体を持って主人を守るなんて……!なんて素敵なんでしょうっ!メビウス様、セイラお嬢様をお守りくださり、本当にありがとうございますっ」
「うん……?うん。僕、聖来……セイラ……?守る」
メビウスは私を抱きしめたまま、しっかりと頷いた。これは守られているの?現在進行形で脅威に晒されているの間違いじゃなくて?
「ですが、加護が発現出来たとあれば、また婚約の打診が大量に届くのではありませんか?かと言って、加護を隠し続けても、お嬢様のお立場が悪くなる一方ですし……」
「でも、公表したらトナンディー公爵令息が平然と声をかけてくる気がするんだよねぇ……」
あれだけ私を非難して婚約を解消したにも関わらず、再婚約しろと言ってくる姿が目に浮かんだ。「これまで散々迷惑をかけてきたんだから、俺のために尽くすべきじゃないのか?」と、婚約届を持ってきそうだもん。
そこで、スリスリし続けていたメビウスがピタッと止まった。私を抱きしめる腕に力がこもる。
「……あの、男、許せない。セイラ、あげない」
「め、メビウス?」
「セイラの、こと、悪く言う。あの男、嫌い。セイラの、こと、悪く言った、男も、女も、嫌い。嫌い、嫌い、嫌い」
メビウスの声がどんどんと低くなっていく。怒りを露わにするメビウスが恐ろしいのか、モリーが少し顔を青くして息を飲んだ。
「セイラは、誰にも、渡さない」
うん、発言がびっくりするほど怪異すぎる。誰にもって言われたら、私、誰とも婚約出来ないのでは?
……あっ、そっか!
「それなら、メビウスが納得しないからって言って、婚約の打診を断ればいいんじゃない?」
「ど、どういうことですか?」
「私達の目には見えていなかったけど、実はメビウスはずっと側にいたらしいの。そうだよね?」
顔を上げれば、メビウスの怒りに染まっていた表情が和らいだ。双眸は柔らかく弧を描き、私に微笑んでいる。
「うん。僕、セイラと、ずっと、一緒、いたよ」
「つまり、私がこれまでどんな扱いを受けていたか、メビウスが見ていたってこと。神様なのか精霊なのかって問われたら分からないけど、加護がこうして姿を現すなんておとぎ話くらいじゃない?」
加護の逸話は沢山ある。その中でも、劣悪な環境で耐えながら生きてきた少女の前に、神鳥が姿を現して加護を授ける話はとても有名だ。
でも、それはあくまでも逸話。実際に加護が姿を見せるなんて聞いたことがない。
「王命で無理やり婚約させておいて、私が使えないとなったら、トナンディー公爵令息の不貞を無視して婚約解消を許したんだもん。だからメビウスは公爵令息にも国にも怒ってるし、婚約なんて許さないって言ってるの。そう伝えて、納得させられないかな?」
「なるほど!そうと決まれば、メビウス様を大々的に披露すべきですね。次の大きなパーティーは、半年後の新年祝賀会でしょうか」
貴族として参加必須のパーティーは、夏の園遊会とそれくらい。婚約者を失った今、本来なら多くのパーティーに参加すべきなんだろうけど。婚約解消で傷心だと言って断ればいい。
婚約の打診も、今は考えられないと返事をしておけばいいんじゃないかな。
「でも、貴族のパーティーにメビウスを参加させて大丈夫かな……」
「……?僕、セイラと、一緒、いるよ」
うん。それは嫌というほど理解しているとも。
「貴族にはね、貴族のルールやマナーがあるんだよ。加護って言えば許されるのかもしれないけど、貴族らしい立ち居振舞いが出来るに越したことはないよね。じゃないと、色々言われちゃうから……」
ベッドの布団をぎゅっと掴む。思い出すのは、何度向けられたか数え切れない、非難や嘲笑。
本来、私は男爵令嬢なのだから、求められる立ち居振舞いのレベルなんて低くてかまわない。相応の場所にしか行くことなんてないはずだから。
でも、加護を得て、リアリス様と婚約して、公爵家から厳しい家庭教師を付けられた。歯を食いしばって耐える毎日だった。
男爵令嬢が足を踏み入れるはずのない上級貴族のお茶会やパーティーに連れられて、学んだ通りの立ち居振舞いをして。それでも酷い言葉を浴びせられ続けたの。
布団を掴む私の手に、メビウスはそっと手を重ねた。
「分かった。僕、お勉強、する。セイラ、また、笑われるの、嫌。また、何も、出来ない、のも、嫌。だから、教えて、セイラ」
優しく頭を撫でられ、目が熱くなる。
理不尽な目に遭う私を、メビウスはずっと見ていたんだよね。怪異なのに、何かしたいと……助けたいと思ってくれていたのかな。
「メビウスが守ってくれるの?」
「うん、うん……!僕、セイラ、守るよ!」
「そう……。それじゃあ、お勉強しないとね」
「うん!」
それから私は、メビウスを両親に紹介した。驚かないか不安だったけど、すぐに受け入れられて拍子抜けしちゃった。
メビウスは、パッと見ただけでは髪が異様に長くて、並外れて背が高いだけで、身嗜みは普通だからかな。でも、実際には神様でも精霊でもなくて怪異なんだけど……それを言うわけにはいかないし。お父様、お母様、ごめんね……。
見た目の懸念を伝えると、お母様が「任せて」と言うのでお願いすることにした。
数日後、メビウスを連れていったお母様と使用人達の悲鳴が聞こえたの。まさかメビウスが何か仕出かしたんじゃ!?と、私はお母様の部屋へ駆け込んだ。
「お母様!?何かありましたか!?」
「セイラ!見てちょうだい!メビウス様、とっても素敵なのよ!」
「……ん?」
「しかも、セイラに見合う男になりたいだなんて!いっそのこと、おとぎ話のようにメビウス様と婚約してしまいなさいよ、セイラ」
「……え?」
そんなおとぎ話もあった気がするけど、そんなことは今どうでもいい。
メビウスの服装は、質の良さそうな貴族らしい白の帽子とスーツに変わっていた。竜人や魔人用の服を扱う店で購入してきたのかな。
顔を覆っていた前髪は真ん中で分けられ、長い後ろ髪は三つ編みに結われていた。すると、色白の端正な顔立ちが現れて、みんなできゃあきゃあ騒いでいたらしい。
確かにとても似合ってて、私も思わず驚いてしまった。
「セイラ?どう……?」
メビウスは照れくさそうに、着せてもらった服を見せてきた。
「えっ?あ、うん……凄く似合ってるよ」
「本当?嬉しい、嬉しい!セイラ、誰にも、渡さない。セイラ、ずっと、一緒、いて?」
「「「きゃあーーっ!」」」
「……」
なに、このあざとい怪異。しかも、外堀から埋めにかかってない?どういうこと?
メビウスにされるがまま抱きしめられると、更に悲鳴が大きくなった。ねぇ、みんな?相手は人外なんだけど?分かってる?
見た目を整え終えると、メビウスは話し方ら歩き方、食事の仕方など、貴族に必要な教養を学び始めた。私が教えられることは私が、紳士として必要な教養はお父様が教えてくれた。
メビウスのために、我が家に竜人が使う大きさの椅子やテーブルも用意されたの。
でも、メビウスがそれを使うのはマナーのお勉強をする時だけ。普段は私と一緒に食事をしている。人間用のテーブルは低くて使いにくいはずなのに、私の隣がいいんだって。
ちなみにそれは、食事の時だけじゃない。
「セイラ、今日も、可愛いね」
「セイラ、足元、気を付けて」
「セイラ、今日は何を、教えてくれるの?」
「セイラ、セイラ」
メビウスはいつも私の側にいたがった。私といると、とても嬉しそうに、幸せそうに笑うの。
あまりにも率直すぎる好意と、前髪を分けたことで露わになった端正な顔を向けられて、私はたじたじしていた。
それから五ヶ月、ずっとこの調子なの。話し方が少しずつ流暢になって、所作も洗練されていって、優しくて紳士的で――
私、完全に絆されてるよね!?
今も抱きかかえられてお茶をしている。普通なら婚約してもいない間柄で、こんなこと許されないよね?でも、両親も使用人達もメビウスの言動を認めているし、温かく見守っている状態で……。
外堀もばっちり埋まってるじゃない!
「セイラ、どうしたの?気分悪い?お医者様に診てもらう?」
「う、ううん。大丈夫」
「本当?セイラが辛いと、僕も辛い。僕に出来ることがあったら何でも言ってね」
「うん、ありがとう」
原因なら、ここにいる怪異のせいなんだけど……とは言えず、感謝を伝えて濁した。
メビウスと暮らすようになって、彼が恐ろしい怪異という認識はいつの間にか消えていた。自分で口にするのは恥ずかしいけど、メビウスは私をとても大切にしてくれるから。
婚約していたリアリス様にも、これほど丁寧に接してもらったことなんて一度もなかったのにね。
「……ねぇ、メビウス」
「なぁに?セイラ」
この蕩けるような笑みを向けられるのも、基本的には私だけ。両親や使用人達に笑いかけるのも、決まって私の話をしている時だと知っている。
――だからこそ。
私は、膝の上で手を握りしめた。これまで聞きそびれていた疑問を問うために。
「ずっと聞きたかったんだけど、メビウスは私の前世を知っているんだよね?どうして私に憑いてきたの?」
私はあの日、メビウスを見て逃げてしまった。サイトで見た話を信じて、彼を危険な怪異だと決め付けて。
崖から転落して死んだ私を、メビウスは知っているはず。私に手を伸ばしていたのは、きっと助けようとしてくれていたから。そんな優しい存在だったのに。
どんな気持ちで死んでいく私を見ていたのか、どうして憑いてきたのか……。ずっと聞くのが怖くて触れられずにいたの。
でも、来月には新年祝賀会が開かれる。
この五ヶ月の間、リアリス様はずっと私の悪評を広めているらしい。「まともな嫁ぎ先を潰して、私が泣き付くのを待つつもりでしょうね」とお母様は言っていた。
だから、お父様も手を打ち始めていて、既に準備は整っている。
このままいけば、私や家の都合にメビウスを巻き込むことになる。その前に、知らなければいけないと思ったの。
「セイラじゃなくて、聖来だった時のこと?勿論知っているよ。僕はね、ずっと聖来と話したかったんだ」
「ずっと……?」
私がメビウスを初めて見たのは、高校二年生で帰省したあの時だけ。それなのに、どういうこと?
「僕は、都市伝説として生み出されて、知らないうちにあの山にいたんだ。自分が何者なのかは頭の中にあったけど、どうしていいか分からなかった。僕に与えられた存在意義通り、子供や若い異性を拐えばいいのかなって歩いてみても、お地蔵様に封じられて、僕はあの山から出られなかった。だから、ずっと一人ぼっちだったんだ」
「お地蔵様?」
私は、家の裏手から山へ続く道にあったお地蔵様を思い出した。もしかして、あれのこと?
「あの山に来る人達は僕のことを知らなくて、誰にも気付いてもらえなかった。声をかけても、真横に立っても、顔を覗き込んでも、みんな素通りしていくだけだったから」
「……」
確かに、あの村には都市伝説を知るような人はいないだろうな。
それにしたって、メビウス 村の人達に対して声をかけたり、真横に立ったり、顔を覗き込んだりしていたの……?その光景を想像してみると、物語で聞いた以上に怪異すぎて身震いしてしまった。怖すぎるでしょ!
メビウスが「どうしたの!?」と慌てたので、なんでもないと笑っておく。
「そ、それで?」
「寂しくて、僕はよくお地蔵様の近くに座っていたんだ。その先には行けないけれど、そこが人の住んでいる場所と一番近いんだろうなと思って。誰か通らないかなって待っていたんだ」
言っていることもやっていることもやっぱり怖い。お地蔵様の横に座り込む八尺様も相当恐ろしい。
でも、勝手に都市伝説として生み出されて、山から出ることも叶わず、人里から声は聞こえるのに誰にも気付いてもらえない。それを寂しいと思うのは仕方ない気がした。
子供や若い異性を拐うと考えたのも、言わば人間の思い付きだもん。そのせいで山に縛られた、可哀想な怪異――そう思ってしまった。
思わず私はメビウスの手を撫でていた。何故か泣きたくなったのは、きっとこの怪異に絆されてしまったせい。一体何年寂しい思いをしてきたのかと想像してしまったから。
「優しいね、セイラは。僕は、そんなセイラをずっと知っているんだ。ねぇ、覚えている?聖来、よくお地蔵様に話しかけていたでしょ」
「……!覚えてるよ」
「その横にね、僕がいたの」
……うん、涙が引っ込んだよね。え?いたの?お地蔵様の隣に?私が気付いていなかっただけで?怖っ!
「お地蔵様に話しかけたり、山菜をお供えしたりしていたでしょ?僕、なんだか自分に話しかけてもらっているようで、嬉しかったんだ。僕には話しかけていないって分かっていたけれど、それでも嬉しかった」
「メビウス……」
「聖来の笑う顔が好きだった。楽しそうに話す声も。大きいバッタを自慢しに来た時もあったね」
「ち、ちょっと!忘れてよ、そんなこと!」
「忘れないよ、全部。聖来の大切な思い出だから」
私にはそんなつもりなんて一切なかった。メビウス自身もそれを分かっている。それでも、そんな些細な触れ合いさえ、メビウスにとって幸福だったんだ。
……ねぇ、そんなに幸せそうに笑わないでよ。私はメビウスに気付いてあげられなかったのに。
「迷子になっている聖来を見付けた時は、何か出来ないかって髪で蛍を追いかけて道を作らせたり、釣りをしている時は、川魚が聖来の方に寄っていくように手で誘導したりしていたんだよ」
ちょっと待って。おばあちゃんが「聖来は山さ好かれでんだねぇ」って言ってくれていた思い出が……。
私を好いていたのは怪異だったよ、おばあちゃん!
「でも、聖来は大きくなって、あまり山に来なくなったでしょ?いつ会えるかな、また来てくれるかなって、ずっと待っていたんだ。そうしたらあの日、聖来と目が合って、聖来は……」
「あ……」
「目が合うなんて思っていなかったから、僕もどうしたらいいか分からなくて。気付いてもらえて嬉しいのに、怖がらせてしまって悲しかった。落ち着いてほしくて声をかけたけれど、きっと『ぽ』しか言えていなかったんだよね。聖来が足を滑らせて落ちていく姿を見た時、僕のせいだって……ごめんなさいって」
ぽたりと、手の甲に大粒の涙が降ってきた。大きな体を震わせて泣くメビウスは、小さな子供のようだった。
「だから、僕は聖来を守りたいって願った。もう傷付けたくないって。なのに、僕が憑いてしまったせいで、セイラは傷付けられてしまった。でも、セイラの加護になった僕は、自分の意思でセイラの側を離れられなかった。ごめんなさい……ごめんなさい……」
「メビウス。私もあの時、逃げ出してごめんね。メビウスのこと、何も知らなかったのに……危険だって決め付けて、傷付けてごめんなさい」
私は自分から初めてメビウスに手を伸ばし、抱きしめた。
「……セイラ。セイラを傷付けた人達に、セイラのこと渡したくない。でも、僕もセイラを傷付けた。セイラが僕のことも嫌いなら、僕もセイラから離れる。セイラには、ずっと笑っていてほしいから」
「……そんなっ」
「最後まで聞いて?でも、僕は、セイラの側にいたい。あの日から、ずっとセイラのことを守れずにいた。でも、今なら守れる。これまでを償いたい。一緒にいさせてほしい。今度こそ、セイラの笑顔を守りたいんだ」
……あぁ、もう。ここまで言われて、どうして彼を手放せるだろう。
相手は怪異。この世界では神様や精霊と同じく、加護と呼ばれる希少な存在。ただの人と側にいることが許されるのかは、分からないけど。
人の温もりを知らない、あざとくて、寂しがり屋で、優しくて、紳士的で――大きな体なのに、あどけない少年のような彼が、愛おしい。
「私は……メビウスが好き。メビウスと一緒にいたい。だから、側にいてくれる?」
「ぽっ!?……セイラ!好き。大好きだよ。ずっと、側にいる。側にいさせて、セイラ」
そう言って、メビウスはとても優しく抱きしめてくれた。ふふっ、まだ驚いたら「ぽ」って声は漏れちゃうんだ。
嬉しい嬉しいと泣く彼が可愛くて、私もつい泣いてしまった。
「で、どうしてこうなったかなぁ……」
私は、メビウスの腕に抱かれながら呟いた。王族も貴族も騎士達も、見渡す限り全員が真っ青な顔をしている。
私とメビウスの心が通じあってひと月後。ついに新年祝賀会の日がやってきた。
「お手をどうぞ、セイラ」
「ありがとう、メビウス」
メビウスには八尺様としてのアイデンティティを失ってほしくないから、白のタキシードを着てもらった。私はそれに合わせてモノクロのドレスを仕立てて、メビウスとお揃いの衣装にしたの。
おひとり様だと思われていた私に同行者がいて、揃いの服をまとい、しかもそれが並外れて背の高い紳士だったものだから、全員が目を見開いていた。
そこまではよかったんだけどね。
「まさかもう新しい男が出来ているとはな。見たところ、それなりの身分なのだろうが……辺境出身の貴族か?加護に釣られて婚約したのなら残念だが、未だ加護の発現も出来ない無能な女だぞ。災難だったな」
そう声をかけてきたのは、リアリス様だった。隣にはイーディ様を連れている。
……って、なにあの人、メビウスのこと見てない?
「可哀想なお方。その女に騙されたのかしら。もし婚約の解消を望まれるのであれば、わたくしがお力になりますわよ?」
メビウスを思い遣るような台詞を吐きながら、前屈みになって谷間をこちらに見せ付けている。
えぇ?リアリス様を狙っていたんじゃないの?ドン引きなんですけど。
唖然としてしまって何も声が出せずにいた私は、不穏な空気に気付くのに遅れてしまった。悪寒を感じて隣に目を向けた時には――
メビウスの髪が二人の口を塞ぐように絡み付いていた。
「メビウス!?」
「――許さない。セイラを侮辱した奴は許さない。許さない、許さない、許さない……」
パチン――と、後ろで三つ編みにしていたヘアゴムが弾け飛んで、メビウスの髪が勢いよく伸びていく。同時に、メビウスの口から「ぽぽぽ」と、久々に聞く奇怪な声が漏れ出した。
逃げ惑う人の足を絡め取り、城を支えている柱を締め付け、メビウスの髪がホールの隅々を埋め尽くしていく。
「くっ!この……っ!」
「無駄。そんな攻撃、僕には効かない。セイラのことは傷付けさせないよ」
周囲の人達が抵抗しようとスキルを放っても、メビウスは容易く髪で弾き飛ばしている。
――やばい。怪異が本気出しちゃった。
更にメビウスはしゅるしゅると器用に髪を伸ばし、国王を玉座から引きずり下ろしてこちらへ手繰り寄せている。
「お前はモンタニェの娘だな!?なんだその無礼者はっ!?」
国王は床に転がったまま、私に向かって叫んだ。リアリス様と婚約を結んだ時に顔を知られているもんね。
「あー……えっと、私の加護です」
「なっ!?加護だと!?」
「そう。僕は、『守護の加護』。ずっと側でセイラを見てきた、彼女の加護」
メビウスがそう告げると、その場にいる全員の表情が驚愕に染まった。
「彼はメビウス。『守護の加護』であり、私をずっと見守ってくれていた存在です。国に強制されて婚約を結んだ時も、元婚約者から不当な扱いを受けて、不貞行為をされたにも関わらず婚約解消で済まされた時も、その不貞の相手から池に落とされそうになった時も……全て見ていたそうです」
ギチギチと口を塞がれたままのリアリス様やイーディ様は、私の言葉に顔色が白くなっていく。国王も、自身が何を怒らせたのか理解し始めたらしい。
そりゃあ、無理やり婚約させてでも欲した加護に、自分達の行いの一部始終を知られていたんだもんね。
「僕が宿ってしまったばかりに、セイラには悲しい思いをさせてしまった。でも、セイラは僕を許してくれた。一緒にいていいと言ってくれた。……だから僕は、セイラを傷付けた人達を許すつもりはない」
「――国王陛下。こちらは父から預かった書面です。ここで署名をしてください」
メビウスに腰を掴まれたまま、私は国王の側に屈んで書面を置いた。そこには、この国での爵位を返上する旨が記されている。
「両親は、『娘を道具として扱ったうえに、不当な沙汰を下す国にこれ以上仕えるつもりはありません』と言っていました。私も、この国のためにメビウスを利用されたくはありません」
「そ、そんな……!『守護の加護』が発現したのなら、なおさら国外へ出すわけにはいかん!リアリスと再度婚約し、王家や国のために使……んぐぅっ!?」
あぁ……メビウスってば、国王の口まで塞いじゃって。まぁ、話し合うつもりもないしね。
「僕は、この国を守るつもりはない。僕は彼女の加護。セイラだけのメビウスだから」
「元々、男爵家は国境沿いにありましたから、隣国とは物流で接点があったんです。我が家への理不尽な要求をしないこと、メビウスと私を決して引き裂こうとしないことを条件に、隣国の国境を守護することになりました。それに伴って、隣国では辺境伯の爵位をいただけるそうです」
お父様は、私が婚約解消されてから、以前から物流で付き合いのある隣国へ密かに使者を送っていた。加護の力が発現してからは、メビウスの存在と我が家の移籍について、念入りに交渉を進めてくれていたの。
つまり、モンタニェ家は、下級貴族の男爵家から辺境伯家へと陞爵するらしい。そんな話をいただいて、この国に残る道理なんてないもん。
私は立ち上がって、メビウスと共に国王を見下ろした。
「早く署名をして」
「そうでないと、メビウスが城の柱を折っていきますよ?」
私の告げた言葉のあと、柱を締め付けていた髪がぎゅっと締まったらしい。柱がミシミシと悲鳴を上げ、亀裂が走った。
……さっきから思っていたけど、髪の毛、強すぎでしょ。スキルの攻撃も弾いてたし、脅しのつもりだったのに、本当に柱折れちゃうの?
国王は書面の近くに置いたペンを急いで取って、震える手で署名する。私は原本を手に、控えだけ国王の手元へ残して背を向けた。
リアリス様やイーディ様は、きっと悲壮感を漂わせているに違いない。でも、私は一瞥も向ける気はなかった。
だって、あの二人がどうなったって知らないし、私は満足そうに微笑むメビウスを見ていたいから。
「帰ろう、セイラ」
「うん、メビウス」
来た時と同じように、丁寧なエスコートをしてくれるメビウス。私達は恐怖のあまり静まり返るホールの中心を優雅に歩いて、その場を後にした。
それから、今や隣国となったかの国は、私やメビウスを取り戻そうと時々国境を攻めて来る。
でも、メビウスが張り巡らせた髪に敵兵が引っかかっては捕虜として捕らえているから、賠償金だけでがっぽり稼げている有り様なんだよね。
おかげで向こうの国はかなりの財政難らしい。今の私にはもう知ったことではないけどね。
「セイラ、そろそろお茶にしようか」
「うん」
「セイラ、大好き。前世も、今世も、来世も、無限に一緒にいさせてね」
「うん。……うん?」
待って。今、告白のあとに何か不穏な言葉が聞こえた気がするんだけど?
私は首を傾げながらメビウスを見上げた。
「無限に……って、どういうこと?」
「セイラがメビウスって名付けてくれたでしょ。メビウスって、無限の記号から思い付いてくれた名前なんでしょう?僕、知っているよ」
……そういえば、そうだね?
「嬉しかった。セイラから、そんな名前をもらえるなんて」
「え、えっと……え?」
「僕、ずっと、ずーっと、セイラに憑いていくよ。僕は、セイラだけのメビウスだから」
「あは、あはは……」
そう言って、メビウスは私を抱きしめて頭にキスをした。
うん、この怪異ならやりかねない。私ってば、怪異相手に碌でもない名前を付けちゃってるじゃん……!
私は嬉しいような恐ろしいような、乾いた笑みを返すしかなかった。
でもきっと、なんだかんだでこの怪異に絆されてしまう――そんな無限の未来が愛おしくて、幸せなんだろうな。
お読みくださり、ありがとうございました!
今回は、都市伝説の八尺様を異世界にぶち込んでしまいました。
(前回は魔法少女を異世界に転移させちゃいました☆)
個人的に和風ホラーは好きなので、黒髪ロング×高身長っていう八尺様のビジュアルは女verでも男verでも結構好きなんですよね。
少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
また、少し宣伝させてください!
ついに明日完結の連載中作品:
【 悪女レニエラの罪は暴かれる ~閣下、どうぞ“わたくしの部屋”をお探しください~ 】
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