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第3話:2%の閃光

「……来るぞ。セレス、構えろ!」


森の奥、木々をなぎ倒すような重量感のある足音が近づいてくる。

肉眼で見えるのは、暗がりに浮かぶ巨大な、三つの赤い眼。

『解析完了。個体名:ベア・グリズ(亜種)。マスター、現在の電力では、ターゲットの完全な弱点バグ特定までは不可能です』


「……分かってる。一発でいい。一瞬だけ『隙』を作ればいいんだな!」


俺はiPadの輝度を最小限に絞り、片手でセレスの震える肩を掴んだ。

彼女の手の中にある杖が、魔力の高まりに呼応して、またしても制御不能なほど激しく脈動し始めている。


「む、無理です、零様! 祈れば祈るほど、光が……光が暴れて、止まりません!」


「……いいか、セレス。さっきも言ったな。長く祈るな。『全部出し切る』なんて考えるな。イメージするのは、ダムの決壊じゃない。カメラのシャッターだ。一瞬だけ、全部のエネルギーを一点に凝縮して、即座に『切る(アボート)』んだ!」


「しゃったあ……? 切る……?」


「俺が合図する。それまで、魔力を指先に『溜めて』おくだけにしろ。そっから放流ビルドは一瞬だ!」


巨大な熊のような魔物が、咆哮と共に俺たちへ向かって突進を開始した。

地面が跳ね、土埃が舞う。


『バッテリー残量:1.5%。対象との接触まで、5、4、3……』


ナビのカウントダウンが耳元で冷酷に響く。

俺はiPadを掲げ、AR画面上に表示された「魔力の臨界点クリティカル・ポイント」を凝視した。

画面上のグラフが真っ赤に染まり、アラートが狂ったように点滅する。


「今だ、セレス! 全力で……放て(実行)ッ!!」


「――っ!! 光よ!!」


セレスが叫ぶと同時に、杖の先から濁流のような光が溢れ出した。

だが、それはさっきのような「ダラダラと漏れ出す光」じゃない。

俺が彼女の背中に触れ、魔力の流れが「暴走」に転じる直前のタイミングで、物理的に杖の先端を地面に叩きつけさせたのだ。


瞬間、計算外の輝度が網膜を焼こうとする。


「――っ! 目を閉じろ、伏せろッ!!」


俺は反射的にセレスの頭を抱え込み、彼女と一緒に泥だらけの地面へ突っ伏した。

左手に握ったiPadを自分の顔と彼女の頭の間に差し込み、咄嗟の「遮光板」代わりにする。


――ドォォォォォンッ!!


爆発音ではない。音を置き去りにした、絶対的な「白」が世界を塗りつぶした。

瞼の裏側まで白銀色に焼き切られるような衝撃。

セレスの未熟な「出力」と、俺が強引に引き起こした「短絡ショート」が重なり、魔法エネルギーがスタック・オーバーフローを起こして、文字通りの『閃光手榴弾』と化したのだ。


「グアアアアアアッ!!」


至近距離で三つの眼を直撃された魔物が、断末魔のような悲鳴を上げてのたうち回る。


「~~!ク〇……! ナビ、生きてるか……!?」


俺は腕の中にセレスを庇ったまま、顔を上げずに叫んだ。

だが、耳元で聞こえたのは、消え入るようなノイズ混じりの声だった。


『……バッテリー残量:0.01%。……高負荷による緊急停止命令を受理。……強制終了シャットダウンします。おやすみなさい、マ……スタ……』


「……っ、上出来だ、ナビ。……よくやった、セレス。もう、目を開けていいぞ」


iPadの画面が完全に沈黙し、辺りは一瞬にして濃密な暗闇に包み込まれた。

目の前では、完全に視力を失いパニックに陥った魔物が、方向違いの森へと木々をなぎ倒しながら逃げ去っていく。


「……はぁ、はぁ……。……止まった。……光が、ちゃんと止まりました、零様……!」


俺の腕の中で、セレスが震えながら、ゆっくりと目を開けた。

泥と涙に汚れた顔。だが、その瞳には、今まで彼女を苦しめてきた「制御不能な呪い」が、自分の意志で「終了」させられたという確かな手応えが宿っていた。


「やり方は間違ってなかった、ろ? ……さて、セレス。悪いが、ここからは人力だ」


俺は全身から力が抜け、そのまま仰向けに転がった。

網膜には、まだあの閃光の残像が焼き付いている。


「俺を、あんたの村まで運んでくれ……。もう、指一本動かす電力(元気)も残ってねえ……」


手元には、完全に冷たくなった「相棒」が、月の光を反射して静かに横たわっている。

0%。

この世界で唯一の、俺の「論理ロジック」が眠りについた。



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