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第2話:低電力モードと少女

どのぐらい進んだだろうか。


しばらく森を進んでいくと少し開けた場所で、少女が狼?のような動物を追い払おうと杖をかざし

「光の壁」を展開している。


必死に祈る少女。膨れ上がる光。だが、光が不安定に明滅し、彼女の顔面は蒼白だ。


俺はiPadのレンズ越しに彼女を視た。


「Warning: Recursive_Call_Detected

Stack_Usage: 98%」


「おい、マジか。終了条件ブレイクポイントが入ってねえ。あいつ、自分の精神リソースを食いつぶすまでループさせる気か!?」

俺は背後から急いで駆け寄り、彼女が握る杖の「向き」を力ずくで変える。

パリン、とガラスが割れるような音と共に光の壁が消滅。


「……っ!? な、何を……邪魔をしないでください!」


狼?のような動物が驚き森の奥へ逃げ去るのと同時に、尻もちをついた少女が俺を鋭く睨みつけた。

何かを叫んでいるが、俺の耳には意味をなさないノイズの塊に聞こえる。


『マスター。音声パッチの適用が完了。逆翻訳エンコード出力を有効化します』


「ああ、頼む。……おい、あんた。大丈夫か? 無茶なことするなよ。……あー、今の、その……変なのが視えたから、ちょっと直したんだ。……とにかく!」


俺が日本語で捲し立てると、手に持ったiPadのスピーカーから、一拍遅れて少女が理解できる言葉が響く。


「……えっ? 板が、喋った……?」


少女の動きが止まる。その大きな瞳が、俺の顔とiPadの間を往復した。

俺は構わず、必死に言葉を継いだ。


「板じゃない……いや、板だけど。とにかく、その杖の角度が悪かったんだ。

あんた、あのままだったら自滅ハングアップして死んでたぞ」


「はんぐあっぷ……? な、 何を言っているのですか! 私は、神聖な光の壁で、あの魔物を浄化しようと……!」


「浄化だか何だか知らねえが、効率が悪すぎるんだよ。……あー、やっぱりテンポが悪いな。おいナビ、逆翻訳の遅延レイテンシを詰められないか?」


『肯定。マスター、PCバッグに予備のワイヤレスデバイスが同梱されています。あれを対象に使用すれば、低遅延の直接通信が可能です』


俺は背負っていたバッグを漁り、一つの小さなケースを取り出した。

仕事でテスターとして使っていた、耳に挟むタイプの小型クリップデバイスだ。


「……おい、あんた。ちょっと耳を貸せ。……いや、取って食おうってわけじゃない。……これを着ければ、もう少しマシに話ができる」


「な、何をするのですか! 離してください、この不審者……っ!」


暴れる少女をなかば強引に宥め、俺はその「クリップ」を彼女の耳たぶに挟み込んだ。


「……よし、これでペアリング完了だ。ナビ、音声チャンネルを個別に割り当てろ。……聞こえるか、あんた」


「……えっ?」


少女が耳を抑え、驚愕に目を見開く。

俺が口を開くより先に、彼女の脳内に直接、ナビの翻訳された声が「囁き」として響いた。


「……こ、声が。頭の中に、精霊様が……?」


「精霊じゃない、ナビだ。……俺は、ひらめき れい。通りすがりの者だ。」


「ひらめき……れい、様……? 」


「あんた、名前は?」


「セレス、です」


「そっか!そんでさ、セレス!このへんに、やたら酸っぱい果物とか、ピリピリする泉とかないか? 俺の相棒、ええと……この光る板! こいつが死にそうなんだよ! 頼む、心当たりがあるなら教えてくれ!」


「……死にそう? その、板が、ですか……? あの、私を助けてくださったのは感謝しますが……果物なら、あちらに『シトラスの抱擁』と呼ばれる、とても酸っぱい実がなってますけど……」


「シトラスの抱擁? ……それだ! 案内してくれ、頼む!」


セレスと名乗った少女に両手を合わせ、

俺は消えかかるiPadの画面を必死に覗き込む。


『警告。バッテリー残量 5%。シャットダウンまで残り300秒……』


「待て待て待て、落ちるなよ!急ごう! 案内してくれ!」


「……は、はいっ! よく分かりませんが、あちらです!」


混乱する少女に先導され、俺は泥だらけの靴で森を駆けた。

これからやる「充電」なんて、彼女に説明したところで通じっこない。

とにかく今は、この相棒デバイスを繋ぎ止めること。それだけが、この訳の分からない場所で俺が唯一できる「デバッグ」だった。


「……これか? これなのか、セレス! 頼む、これであってくれ!」


俺はセレスに案内された木の下で、黄色く熟した『シトラスの抱擁』を凝視した。

実際に口にしたわけじゃない。だが、鼻を突くこの刺すような刺激臭……間違いなく、強い酸性の電解質を含んでいるはずだ。


「……あの、れい様? それを、食べるのですか……?」


「食わない! ……いや、食うかもしれないけど、今はそれどころじゃないんだ。ええと……材料、材料は……」


俺は地面に膝をつき、必死にバッグをひっくり返した。

中から出てくるのは、基板の試作パーツ、被覆を剥いたケーブルの束、それに小銭入れ。


「……ええと、これはどうだったか? 亜鉛……いや、この試作部材のメッキならいけるか。よし。次はええと……銅、銅が必要だ。これじゃない、これでもない……。……あった! この古い十円玉、まだ入ってたか!」


「……あの、泥だらけになって、何を……?」


セレスが数歩引いて、困惑と、少しの同情が混じったような目で俺を見ている。

無理もない。俺は今、異世界の少女を放置して、地面に這いつくばりながら「ゴミ」の選別に血眼になっているんだから。


「……セレス、ぼーっとしてないで手伝ってくれ! その実を、このへんに並べてくれ! 一列にだ!」


「は、はいっ、分かりました!」


混乱したセレスが、言われるがままに実を並べていく。

俺はケーブルの端を歯で噛みちぎり、十円玉と亜鉛メッキのボルトに強引に巻き付けた。


「……電圧が足りない。もっとだ! もっといる! 二十個……いや、三十個は要る! 持ってきてくれ!」


「そ、そんなに!? わ、わかりました!」


俺は独り言をブツブツと呟きながら、泥だらけの指で配線を繋ぎ続けた。

傍から見れば、森の中で果実にゴミを突き刺して回る狂人にしか見えないだろう。

だが、俺にとってはこれが、この訳のわからない場所で生き延びるための唯一の「希望」だった。


「……よし。ラストだ。……頼む、認識しろ……!」


震える手で、USBケーブルの端をiPadに差し込む。

一秒。二秒。

画面は真っ暗なままだ。


「……くそ、まだ足りないのか? 直列の数か、それとも接触不良か……?」


俺が地面に突っ伏しそうになったその時。


――『ポーン』


静かな森に、聞き慣れた、電子的な快音が響いた。


「……っ!! きたあああああ!!」


画面の中央に、赤いバッテリーのアイコンと、雷のマークが表示される。

充電中。

わずかだが、確実に、この未知の果実から吸い上げた電子が、俺の相棒に流れ込み始めた。


「……動いた。……動いたぞ、セレス! 見ろ、生きてる! こいつ、生きてるんだ!」


「……は、はい。……良かったです。……その、板様が、息を吹き返したのですね……?」


泥だらけの顔で歓喜する俺を見て、セレスは引きつった笑顔で、そっと一歩……さらに後ろへ下がった。


「……落ち着きましたか、れい様。……その、板様の容態は?」


「……ああ。おかげさまで『1%』まで回復した。……死ぬかと思った」


俺は地面に置いたiPadの画面を、眩しいものを見るように眺めた。

バックライトが点灯し、ナビの音声がイヤリング経由で俺の耳にだけ届く。

『マスター。充電効率、0.5Wを確認。……極めて非効率ですが、維持は可能です』


「……非効率って言うな。命の恩実おんじつだぞ」


ボソボソと日本語で毒づく俺を、セレスが不思議そうに見つめる。


「……零様は、魔法使いではないのですね? さっき私の魔法を止めた時、何も唱えていませんでしたし……」


「魔法? ……ああ、さっきの光の壁か。俺に言わせりゃ、あれは欠陥品だ。あんた、あんな危ないもん、どこで覚えたんだ?」


「……独学です。私の村には、魔法を教えてくれる人なんていないから……。古い本を拾って、一生懸命真似してたんです。……でも、やっぱり私には才能がないみたいですね。いつもあんな風に、制御できなくなって……」


セレスが膝を抱え、俯く。

俺はiPadの画面に映る、彼女がさっき展開していた「魔法の残滓ログ」を指でスクロールした。


「……才能の問題じゃない。この『コード』……あー、詠唱の組み立て方が悪すぎるんだ。……ほら、ここ。エネルギーを循環ループさせる部分に、終わりの合図がねえだろ? これじゃあ、自分の電池(魔力)が切れるまで止まらない仕様になってる」


「……しよう? よく分かりませんが……止まらなかったのは、私の祈りが足りないせいじゃなくて、その……やり方が間違ってたってことですか?」


「……そうだよ。というか、むしろよくこれで発動させたな。ある意味、とんでもない根性だよ。……おっと」


iPadが短く警告音を鳴らした。

『バッテリー 2%。……周辺スキャンを再開します』


「……よし。2%だ。……セレス、さっきの魔物以外に、このへんにヤバいのはいないか?」


「……はい。でも、日が落ちるともっと強い魔物が出るって、本に書いてありました。……急いで村に帰ったほうがいいかもしれません」


その言葉を裏付けるように、森の奥から、先ほどとは比較にならないほど重苦しい咆哮が響いた。

地面がわずかに震える。


『警告。大型の生体反応を感知。……マスター、現在の電力では「解析アナライズ」を維持できるのは残り60秒です』


「……冗談だろ。まだ2%だぞ!」


「零様、逃げましょう! ……あ、でも、その板様が……!」


「……ク〇、動かしながらじゃ充電が止まる! セレス、あんたのさっきの魔法……さっきより『短く』、一瞬だけ光らせることはできるか?」


「えっ!? そんな、やり方、知りません! 本には、長く強く祈れとしか……!」


「……いいか、今から俺が言う通りにイメージしろ。祈る時間を半分にして、その分、最後に『終わり』を強く意識するんだ。……俺が合図する。……2%の電力で、あいつの目を潰す!」



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