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【完結】『運命』を『気のせい』と答えたら、婚姻となりまして【連載版】  作者: うり北 うりこ@ざまされ2巻発売
本編

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5『運命』ってやつは、なかなかにしつこい

 

 ドレスのリメイクを終え、お化粧の練習もして、今日は二回目の夜会の日。

 

 気合いたっぷりでやって来た会場の入り口には、ヘンルートゥ伯爵がいて、キャッキャと令嬢たちが話しかけている。

 けれど、ヘンルートゥ伯爵はまさかの無表情。

 いや、よく見れば死んだ魚のような目をして、顔色が良くない。


 素通り、しにくいなぁ。

 でも、待ち合わせをしているなら、その相手が助けてくれるだろうし、大丈夫だよね。

 

 ……って、あれ? 話を聞いた感じだと待ち合わせるような相手って、いなかったはず。

 というか、赤髪のご令嬢は、ヘンルートゥ伯爵のイイ人ではなかったのか。

 そうだったら、私に結婚してほしいなんて言わないだろうし。

 

 ……待ち合わせじゃないなら、一体何をしているの?

 

「ヴォレッカ!」

 

 そう言いながら、ヘンルートゥ伯爵は親し気な笑みを浮かべた。

 その瞬間、令嬢たちからの視線が私に突き刺さる。

 

 しまった! 待ち合わせじゃなくて、待ち伏せだ!

 気が付いた時には、(あと)の祭りというやつで……。

 

「待っていたよ。一緒に行こう」

 

 私の方へと向かってくるヘンルートゥ伯爵に、顔が強張った。

 今の状況って、一緒に会場に入っても、断っても、令嬢たちから恨みをかうやつなんだけど……。


 夜会というチャンスを無駄にするか、このまま結婚相手を探しに行くか、私の心の中の天秤(てんびん)が揺れている。

 

「中に入った時点で、別行動ですよね?」

「…………? 当然、一緒にいるよ。そのために夜会に来たのだからね」

「困ります」

「どうして?」

「どうしてって……」

 

 結婚相手を探しに来ているなんて、正直に言ってもいいのだろうか。

 他に普通に話せる人がいないからと、私と結婚をしたいって言った相手に言うべきじゃないような……。

 

「注目されたくないんです」

「ふーん。でも、それだけじゃないよね。私といると、出会いがなくなるってのもかな? ……その顔は図星みたいだね。そうかぁ、ヴォレッカは私というものがありながら、出会いを求めてたのか」

「誤解を招くような言い方はやめてください」

「誤解? 何を言っているのかな? 私がヴォレッカに求婚中なのは事実で──」

「何言ってるんですか⁉」 

  

 慌てて、ヘンルートゥ伯爵の口を両手でふさいだ。

 その時、ぺちんという小さな音がしてしまったのは、不慮の事故としてほしい。

 

「帰りますよ」

 

 このままここにいても、いいことは一つもない。

 まずは、ヘンルートゥ伯爵が変なことを言わないように口止めして、それから私の結婚相手を探す邪魔をしないようにお願いしないと。

 とにかく、これ以上、敵認定されたくない。

 

 腕をぐいぐい引っ張って歩き出せば、手を繋がれる。

 腹が立ったので、その手を振りほどけば、声を出して笑われた。

 

 後ろからは、令嬢たちの「何、あの女」やら「なんで、あんな地味なのと」なんて可愛いもので、私だったらとても人には言えないような悪口が聞こえてくる。

 

「余計なこと、言わないでくださいね」

「え?」

「今、私のことを庇おうとしましたよね。そういうの、逆に迷惑です」

「…………どうして私が何か言おうとしたのが分かったんだ? それに、迷惑ってどういう意味かな?」

「わざわざ振り返ろうとしたので、念のため言っただけですよ。迷惑については、言葉通りの意味です。少しは自分で考えたらどうですか?」

 

 あぁ、イライラする。

 

 結婚相手を探しに行けなかったのもだけど、敵認定されてしまったら、いい相手が見つかった時、そこから駄目になるかもしれないじゃない。

 令嬢たちの名前も分からないから、そこの交友関係を避けることも難しいのに。

 

 ただでさえ、猶予(ゆうよ)がないのに、邪魔しないでよ。

 

 カツカツとヒールを鳴らしながら急ぎ足で歩く私の隣を、優雅に歩く姿にすら腹が立ってきた。

 じろりと睨みつければ、楽しそうに微笑み返される。

 

「もう二度と待ち伏せしないでください」

「じゃあ、ヴォレッカは私と待ち合わせしてくれるの?」

「どうしてそうなるんです?」

「ヴォレッカにはヴォレッカの事情があるだろうけど、私には私の事情というものがあるからだね」

「ヘンルートゥ伯爵のご事情とやらは、先日お聞きしましたし、気の毒であるとは思います。ですが、あなたには時間的猶予があるじゃないですか……。お願いだから、私の邪魔をしないでください」

「うーん、そうだね。ヴォレッカがその事情とやらを教えてくれたら、考えてもいいよ」

 

 あ、もう駄目かも……。


 伯爵で、裕福で、きれいすぎる顔立ちのせいで苦労していても、それでも心に余裕があって、私と比べて良い相手じゃないのに、なのに……。 


 何で、この人はこんなにも恵まれているんだろう。


 領地がなくなるかもとか、これから家族とどうなっちゃうんだろうとか、エリオットはまだ幼いのに苦労ばっかりさせちゃうとか、全部全部、何で私たち家族になんだろうって、思ったところでどうにもならないのに。他者を(うらや)むことに意味なんかないのに、それなのに…………。

 

「すみません、ここからはひとりで帰ります」

「え?」

 

 これ以上一緒にいたら、きっと私はヘンルートゥ伯爵を傷つける言葉を意図的に言ってしまう。

 やっと普通に話せたと喜んでいた相手に、そんなことはしたくない。

 だけど、この感情の吐き出し口が見つからないのだ。

 

「ひとりになりたいんです。ごめんなさい」

 

 逃げるように走り去ろうとした。けれど──。

 

「待って」 

 

 手首をヘンルートゥ伯爵に捕まれた。

 

「……離してください」

「私が悪かったなら、謝るから。だから──」

「謝るって、何に対してですか?」

「それは…………」

「お願いだから、ひとりにしてください。ひどいこと、言いたくないんです」

「──っ」

 

 ヘンルートゥ伯爵が息をのんだのが分かった。

 きっと私はひどい顔をしているのだろう。

 するりと、ヘンルートゥ伯爵の手が離れ、私の手は自由となった。

 

「気を付けて帰ってくださいね」

 

 ヘンルートゥ伯爵は何かを言おうと口を開いたけれど、結局それが言葉になることはなかった。

 

  

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