5『運命』ってやつは、なかなかにしつこい
ドレスのリメイクを終え、お化粧の練習もして、今日は二回目の夜会の日。
気合いたっぷりでやって来た会場の入り口には、ヘンルートゥ伯爵がいて、キャッキャと令嬢たちが話しかけている。
けれど、ヘンルートゥ伯爵はまさかの無表情。
いや、よく見れば死んだ魚のような目をして、顔色が良くない。
素通り、しにくいなぁ。
でも、待ち合わせをしているなら、その相手が助けてくれるだろうし、大丈夫だよね。
……って、あれ? 話を聞いた感じだと待ち合わせるような相手って、いなかったはず。
というか、赤髪のご令嬢は、ヘンルートゥ伯爵のイイ人ではなかったのか。
そうだったら、私に結婚してほしいなんて言わないだろうし。
……待ち合わせじゃないなら、一体何をしているの?
「ヴォレッカ!」
そう言いながら、ヘンルートゥ伯爵は親し気な笑みを浮かべた。
その瞬間、令嬢たちからの視線が私に突き刺さる。
しまった! 待ち合わせじゃなくて、待ち伏せだ!
気が付いた時には、後の祭りというやつで……。
「待っていたよ。一緒に行こう」
私の方へと向かってくるヘンルートゥ伯爵に、顔が強張った。
今の状況って、一緒に会場に入っても、断っても、令嬢たちから恨みをかうやつなんだけど……。
夜会というチャンスを無駄にするか、このまま結婚相手を探しに行くか、私の心の中の天秤が揺れている。
「中に入った時点で、別行動ですよね?」
「…………? 当然、一緒にいるよ。そのために夜会に来たのだからね」
「困ります」
「どうして?」
「どうしてって……」
結婚相手を探しに来ているなんて、正直に言ってもいいのだろうか。
他に普通に話せる人がいないからと、私と結婚をしたいって言った相手に言うべきじゃないような……。
「注目されたくないんです」
「ふーん。でも、それだけじゃないよね。私といると、出会いがなくなるってのもかな? ……その顔は図星みたいだね。そうかぁ、ヴォレッカは私というものがありながら、出会いを求めてたのか」
「誤解を招くような言い方はやめてください」
「誤解? 何を言っているのかな? 私がヴォレッカに求婚中なのは事実で──」
「何言ってるんですか⁉」
慌てて、ヘンルートゥ伯爵の口を両手でふさいだ。
その時、ぺちんという小さな音がしてしまったのは、不慮の事故としてほしい。
「帰りますよ」
このままここにいても、いいことは一つもない。
まずは、ヘンルートゥ伯爵が変なことを言わないように口止めして、それから私の結婚相手を探す邪魔をしないようにお願いしないと。
とにかく、これ以上、敵認定されたくない。
腕をぐいぐい引っ張って歩き出せば、手を繋がれる。
腹が立ったので、その手を振りほどけば、声を出して笑われた。
後ろからは、令嬢たちの「何、あの女」やら「なんで、あんな地味なのと」なんて可愛いもので、私だったらとても人には言えないような悪口が聞こえてくる。
「余計なこと、言わないでくださいね」
「え?」
「今、私のことを庇おうとしましたよね。そういうの、逆に迷惑です」
「…………どうして私が何か言おうとしたのが分かったんだ? それに、迷惑ってどういう意味かな?」
「わざわざ振り返ろうとしたので、念のため言っただけですよ。迷惑については、言葉通りの意味です。少しは自分で考えたらどうですか?」
あぁ、イライラする。
結婚相手を探しに行けなかったのもだけど、敵認定されてしまったら、いい相手が見つかった時、そこから駄目になるかもしれないじゃない。
令嬢たちの名前も分からないから、そこの交友関係を避けることも難しいのに。
ただでさえ、猶予がないのに、邪魔しないでよ。
カツカツとヒールを鳴らしながら急ぎ足で歩く私の隣を、優雅に歩く姿にすら腹が立ってきた。
じろりと睨みつければ、楽しそうに微笑み返される。
「もう二度と待ち伏せしないでください」
「じゃあ、ヴォレッカは私と待ち合わせしてくれるの?」
「どうしてそうなるんです?」
「ヴォレッカにはヴォレッカの事情があるだろうけど、私には私の事情というものがあるからだね」
「ヘンルートゥ伯爵のご事情とやらは、先日お聞きしましたし、気の毒であるとは思います。ですが、あなたには時間的猶予があるじゃないですか……。お願いだから、私の邪魔をしないでください」
「うーん、そうだね。ヴォレッカがその事情とやらを教えてくれたら、考えてもいいよ」
あ、もう駄目かも……。
伯爵で、裕福で、きれいすぎる顔立ちのせいで苦労していても、それでも心に余裕があって、私と比べて良い相手じゃないのに、なのに……。
何で、この人はこんなにも恵まれているんだろう。
領地がなくなるかもとか、これから家族とどうなっちゃうんだろうとか、エリオットはまだ幼いのに苦労ばっかりさせちゃうとか、全部全部、何で私たち家族になんだろうって、思ったところでどうにもならないのに。他者を羨むことに意味なんかないのに、それなのに…………。
「すみません、ここからはひとりで帰ります」
「え?」
これ以上一緒にいたら、きっと私はヘンルートゥ伯爵を傷つける言葉を意図的に言ってしまう。
やっと普通に話せたと喜んでいた相手に、そんなことはしたくない。
だけど、この感情の吐き出し口が見つからないのだ。
「ひとりになりたいんです。ごめんなさい」
逃げるように走り去ろうとした。けれど──。
「待って」
手首をヘンルートゥ伯爵に捕まれた。
「……離してください」
「私が悪かったなら、謝るから。だから──」
「謝るって、何に対してですか?」
「それは…………」
「お願いだから、ひとりにしてください。ひどいこと、言いたくないんです」
「──っ」
ヘンルートゥ伯爵が息をのんだのが分かった。
きっと私はひどい顔をしているのだろう。
するりと、ヘンルートゥ伯爵の手が離れ、私の手は自由となった。
「気を付けて帰ってくださいね」
ヘンルートゥ伯爵は何かを言おうと口を開いたけれど、結局それが言葉になることはなかった。




