結婚式前夜
ついに明日は結婚式。
明日に備えて、いつも忙しいライラクスも今日は早く休むらしいのだが、何故か寝室で大量の書類と格闘している。
「ねぇ、そんなに急ぎの仕事があるの?」
ジーシからライラクスが数ヶ月分の仕事を片付けていると聞いていたんだけど……。
もしかして緊急事態なのかな。
「こうでもしていないと落ち着かないんだ」
「……え? もしかして緊張してるの?」
普段からあんなにも様々な視線に晒されていても、緊張することってあるんだ。
「いや、緊張はしていない」
「じゃあ、なんで落ち着かないわけ?」
「ヴォレッカの……」
「私の?」
「ヴォレッカのウエディングドレス姿が楽しみなのと、その姿を不特定多数が見ることの不安でおかしくなりそうなんだ」
…………? えっと、言っていることがおかしくてよく分からないんだけど。
ドレス姿が楽しみなのは、分かる。
ライラクスがあまりにもドレスにこだわり、注文が多い上に不必要な量のドレスをオーダーメイドしようとするものだから、途中から「本番でのお楽しみだよ」と打ち合わせに参加させなかったし。
でも、なんで不安になるの?
「皆がヴォレッカを好きになってしまうだろ!? あれか、私は参列者の目を潰して歩けばいいのか? それとも記憶を失わせるほど酔い潰すか? いや、それではヴォレッカのウエディングドレス姿を見てしまうことには変わりない。暗殺者はどこで雇え──」
「ちょっと待った!」
何だその恐ろしい結婚式は。
そもそも前提がおかしい。
「皆が私を好きになるわけないでしょ? むしろ嫉妬される側だよ」
私がライラクスと婚姻したことに納得している女性の方が少ないんだからね。
ロゼリア様のおかげで表立って何かを言われることはないけれど、それでもよく思われていないことは常に感じている。
「皆ライラクスに釘付けだって」
私に向けられるのは、値踏みするような視線と呪い殺しそうなほどの怨念くらいだろう。
それを想像したら、急に明日の結婚式が億劫になってきた。
「……でも、そんなに心配なら急遽中止にしちゃう?」
別に結婚式をしなくてはならないという決まりがあるわけでもないし。
問題があるとしたら夫婦仲が悪いと思われ、妻が社交界で肩身の狭い思いをすることになるくらい。既に肩身は狭いのだから何の問題もない。
うんうん。ライラクスも不穏だしそれが一番……って、何でそんなこの世の終わりみたいな顔をしているの?
「えっと……ライラクス?」
「……ヴォレッカは、私と結婚式をするのが嫌なのか?」
「ごめん、何でその思考になったのか分かんないんだけど」
戸惑っていれば、ライラクスにガシッと両肩を掴まれる。
「結婚式を急遽中止すると言ったではないか!!」
え……。そこの部分だけに注目するの?
それまでの流れがあったじゃん。
普段ではあり得ないほどにライラクスが情緒不安定なんだけど、この状況どうすればいいの?
そう思っていれば、ある言葉を思い出した。
これは、もしかしなくてもあれではないだろうか。
うんうん、なるほどね。そういうことね。
「ライラクス、それはあなたがそんなにも不安ならという話だよ。私はライラクスを不安にさせたくないし、できればウエディングドレスをあなたに見てほしいとも思ってる」
いくらしたか分からないけど、きっと恐ろしい金額のはず。一度も着ないだなんてもったいない。と思いつつ、できるだけ優しく穏やかに話しかける。
ライラクスは噂に聞くマリッジブルーというやつなのだろう。
こういう時は、できるだけ寄り添うのがいいはず……だよね?
というか、これから長い時間を共に過ごすのだから、ライラクスが不安を感じたり、悲しかったりと、何かあった時は寄り添いたい。そうなっていきたいもの。
それは、助けてくれたからというのもあるけれど、ライラクスを信頼し、尊敬しているから。
「……って、下向いちゃったけど大丈夫?」
そう言いながら顔をのぞき込めば、ライラクスは感極まったような顔をしている。
「ヴォレッカ……」
「うん」
「私の人生での最大の幸福は、ヴォレッカと共になれたことだ」
「……そんな大げさな」
むしろ、それは私の方だろう。
ライラクスが私と婚姻して、たくさん助けてくれなかったから、今頃サミレット領はサザス領の領土になっていたのだから。
けれど、ライラクスは首を横に振る。
そして、顔を上げたと思ったらギュッと私を抱きしめる。
「ヴォレッカ、愛してる」
その言葉に「私も」と返すことはできない。
ライラクスを大切に思ってはいるけれど、恋愛感情が未だに分からないから。
こんなにも真っ直ぐな想いを伝えてくれるライラクスに、その場しのぎの言葉をかけるなんて、許されない。
だから、それ以外の言葉を贈ろう。
「私がこれから先、恋をするとしたら、ライラクスだけだと思う。あなたのこと、大切に想ってるよ」
耳元で息をのむ音が聞こえた。
抱きしめてくれる背中に腕を回す。
ライラクスの心臓の音は驚くほどに速いのに、私は変わらない。
きっとそれが今の私とライラクスの感情の差だ。
これから先の結婚生活で、その差に苦しむことや苦しませる時が来るのだろうか。
「ヴォレッカ、ありがとう……」
それでも、ライラクスは嬉しそうに言う。
そのことに申し訳ないと思うのは、ライラクスに失礼だ。だから、腕の力をほんの少し強める。
いつか、ライラクスを好きになりたい。
はじめて、そう思った。
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