4『運命』って、なんか思ったのと違う
「それで? どうしてヘンルートゥ伯爵は、あなたの顔を見ても平気だっていうだけで『運命』なんかにしちゃったんですか?」
正直、興味はないけれど、何だか帰ってくれなそうな雰囲気に、仕方なしに聞いてみる。
すると、何故か捨てられた子犬のような視線を向けられた。
あ、これ、聞かない方が良かったやつじゃない?
「言いにくければ、別に言わなくて大丈夫ですよ! それに、私とっても忙しくて──」
「何に忙しいのかな?」
「え? 古いドレスを次の夜会までにどうにかリメイクしたいし、伯母様から引き継いだ家庭菜園の水やりもしなきゃでしょ、それから掃除と洗濯をしてから、買い物に行って……。あ、今日は天気もいいから、シーツも洗おうかと思ってるんです」
「…………よく働くな。侍女は何をしているんだ?」
「いませんよ」
「まさか、一人で暮らしているのか?」
「そうですけど」
ギョッとした視線を向けられる。
たしかに貴族令嬢の一人暮らしは珍しいよね。
「危険すぎる。すぐにでも、誰かを雇った方がいい」
「戸締りもしっかりしますし、大丈夫です。誰かさんみたいに、扉の隙間に足をねじ込むなんてことを、されなければですけど」
「申し訳なかった」
そう言って、ヘンルートゥ伯爵は頭を下げた。
こういう時は「次からはしないでくださいね」というのが普通かもしれない。
だが、次なんてあってたまるか。
「反省してくれているのなら、もういいです。ですが、とーっても忙しいので、そろそろお引き取り願えますか?」
それなのに、ヘンルートゥ伯爵は帰らなかった。
この人、見た目と違ってけっこう図太いんじゃないかな。
「ドレスのリメイクと言ったね。話を聞いてくれたら、腕のいい職人を紹介しよう。もちろん、費用は私持ちで」
「いえ、結構です」
「え?」
「自分でやるので、お構いなく」
「でも、大変なんだろう?」
「そうですね」
「だったら……」
うーん、しつこい。
腕のいい職人に無料でリメイクしてもらえるって、ありがたい話ではある。
だけどさ、お金でものを言わせようとする感じが嫌なんだよね。
ま、お金のために結婚相手を探している私が言えることじゃないけどさ。
「そこまでして話したいのであれば、どうぞ。ただし、私はここで裁縫をしますので、それでも良ければですが」
「……すまない。その、ヴォレッカが何に怒っているか分からないんだ」
「理解してほしいわけではないので…………」
そこまで言って、ヘンルートゥ伯爵がかなり落ち込んでいることに気が付いた。
そうか、この人は親切心のつもりで言ったのかぁ。
だけど、どんなに落ち込んでいようと、私には関係ない。
私とヘンルートゥ伯爵は、たまたま昨夜知り合っただけの他人なんだから。
そう、気にしなければいい。気にしなければ…………。あー、もうっ‼
「ただの私のちっさいプライドの問題ですよ」
「プライド?」
「そうです。お金がないから助かる提案でも、お金に屈したみたいに思えて頷けないだけです。だから、あなたが気に病むことではありません」
半ば、やけになって言い切れば、ヘンルートゥ伯爵は困ったように眉を下げた。
「いや、私が失礼だったんだ。話を聞いて、やっと私が対価を払うことでヴォレッカに話を聞いてもらおうと、金でどうにかしようとしていることに気が付いたよ。すまなかった」
「いえ、そんなことは──」
「話を聞いてほしければ、そのことを素直に頼めば良かったんだ。ヴォレッカ、お願いだ。どうか、私の話を聞いてもらえないだろうか」
そう言って、頭を下げたヘンルートゥ伯爵は、たぶん素直で悪い人ではなのだろう。
だけど、だいぶ空気が読めないらしい。
仕方がない。本人に悪気はないのだから、話くらいは聞こうかな。
「さっきも言いましたけど、裁縫しながらで良ければ」
「ありがとう」
そう言って笑ったヘンルートゥ伯爵に、この人はこの人で苦労してるんだろうな……と、少し察した。
察したのだが、想像以上だった。
「つまり、そろそろ結婚しなければと夜会に行けば、ぎらぎらした令嬢に囲まれて、家には大量のラブレターが届き、中には夜這いに来るものまでいると……」
「手紙に、切られた髪が入っていた時も驚いたが、毛糸と一緒に髪の毛も編み込んだというマフラーが一番怖かった……」
ぶるりと小さくヘンルートゥ伯爵は震え、腕をさする。
「だけど、問題は結婚相手だけじゃなくて、侍女もなんだよ」
「まさか、侍女も夜這いに来るなんていいませんよね?」
「その、まさかだ……。それに、せっかく友人ができても、大概女性関係で険悪になる」
「ちょ、ちょっと待ってください。すごーく予想がついちゃうんですけど、違いますよね?」
「いや、予想通りだと思う。友人の好きな令嬢が私を好きになったり、婚約者だと紹介された女性が私を好きになったり、中には新婚で──」
「分かりました! 分かりましたから!」
「うん。だから、ヴォレッカは私にとって『運命』なんだよ」
あ、なるほど。そこに繋がるわけね。
何か、かわいそうな人に思えてきた。
ヘンルートゥ伯爵家は裕福だろうし、この感じなら、結婚すれば支援してくれるだろう。
条件的には、ばっちりだ。だけどなー。
「やっぱり、その『運命』ってやつ、気のせいだと思いますよ」
だって、私とヘンルートゥ伯爵では釣り合いが取れないのだ。
私はどこにでもいる茶色の髪と瞳、十人並みの容姿で、没個性。ヘンルートゥ伯爵は白銀の髪に紫の瞳を持つ、誰もが振り返る美丈夫。
どう考えても、私が隣に立って良い相手ではない。
「そのうち、イイ人が現れますよ。何より、私のこと好きなわけじゃないですよね?」
「好ましいとは思っているよ。こうやって、普通に会話ができるのが嬉しいんだ」
それ、普通なら手に入るんだよね。
美しすぎるのも、考えもんなんだなぁ。




