32『運命』は、丸め込まれる
私のことをライラクスは黙ったままじっと見た。
重たい沈黙が流れ、耐えられなくなった私が口を開こうとした時、ライラクスは静かに言葉を紡ぐ
「理由を聞いても?」
あまりにも平坦な声に、心臓がどきりとした。
こんなにも感情が読めないライラクスを見たのは初めてで、不安になる。
だけど、決めたのだ……。
「もうこれ以上、巻き込んではいけないと思ったんです。本当にたくさん助けてもらって、領地のことも考えてくれて、感謝してもしきれなくて……。どうやったってこの恩は返しきれないけど、ライラクスのために何でもしようって思ってました」
ううん、今だって思ってる。
私は、ライラクスのためなら何でもやる。
その気持ちに変わりはない。
「でも、護国派に入るって聞いて、私がそばにいるとライラクスに無理をさせてしまうって気付いたんです」
「無理なんかしてないよ」
そう言ったライラクスに、私は首を横に振る。
「もし、私の領地のことがなかったら、ライラクスは派閥に入ろうと、国政に関わろうとしましたか?」
「それは……。だけど、私はこの選択を後悔しないし、自分でそうしたいと思ったからやっただけだよ。ヴォレッカが気に病むことじゃない」
ほんの少し突き放すようにライラクスは言った。
その優しさに、胸がギュッとなる。
申し訳なくて、でも支えてくれようとすることが嬉しくて、何だか泣きたくなった。
ライラクスは、私の大切なものを守りたいと言葉をくれた。実際に、行動にも移してくれている。
きっと、それは今だけじゃない。この先も何かあれば、守ろうとしてくれるだろう。
私とライラクスの関係は対等じゃなくて、ずっとライラクスばかりが苦労をしている。
最初から、ずっと歪だったのだ。
「……ごめんなさい。最初から間違っていたんです。誰かの人生を巻き込んでまで、領地を守ろうとしてはいけなかった……。ライラクスの優しさに甘えてはいけなかったんです」
「それを言うなら、私はヴォレッカの弱みに付け込んだことになる」
「…………え?」
何を言っているの?
弱みに付け込んだんじゃなくて、助けてくれたのに……。
「私がどうしてサミレット領を守りたいか、知ってる?」
「それは、私が領地を守りたいと思っているから、私のために……」
自分で言った、あまりにも図々しい言葉に、羞恥で顔に熱が集まっていく。
そんな私を見るライラクスはの目が優しくて、視線が泳いだ。
「そう言うと聞こえがいいし、事実でもあるけれど、最初のきっかけはもっと単純なものなんだ」
「え?」
言っている意味が分からなくて、言葉の続きを待っていれば、優しく手を握られる。
「ヴォレッカにね、いいところを見せたかったんだよ」
「……いいところ?」
「うん。良い印象をもってほしかったし、私と結婚して良かったと思ってほしかったからかな」
驚きすぎて、ポカンとライラクスを見上げてしまう。
「ヴォレッカの大切なものを守りたいっていう気持ちも本当だけど、私のことを好きになってもらいたいという不純な動機もあるから、無理してるとか気にする必要はないんだよ。それとも、本当は私に愛想をつかしてる?」
「そんなこと!」
「あー、良かった。なら、離縁はしなくていいね」
にっこりと笑いかけられて、おや? と思う。
もしかしなくても、うまく丸め込まれたような?
「そろそろ屋敷に着くね。とにかく、これからも私の妻ということでよろしく頼むよ」
「え、あ、はい?」
私が頷けば、ライラクスは満足げに瞳を細める。
馬車はゆっくりと停車した。
「ヴォレッカ、このまま私の執務室に来れるかな?」
「はい、大丈夫ですけど……」
「サミレット領に行く前に、ヴォレッカに覚えてもらわないといけないことができたんだ」
執務室へと向かいながら、ライラクスは話す。
「本当はものすごく私もサミレット領に行きたかったのだけど、難しくなりそうでね。三層構造の堤防について、ヴォレッカにも学んでほしい」
「分かりました。私一人で行くんですか?」
「いや、私の代わりにジーシも行かせる。もちろん専門家も来るし、そんなに気負わなくて大丈夫だよ」
そうは言ってくれるけれど、ヘンルートゥ家の使用人はとても少ない。
「ジーシが来るとなると、ライラクスが大変なんじゃ……」
「うーん、大変じゃないと言ったら噓になるけど、仕事は先を見越して片付けてあるから、どうとでもなる」
「そうなんですね。じゃあ、どうして行けなくなったんですか?」
ライラクスがものすごく言いたくなさそうな顔をする。
離縁を切り出した時の表情とは違って、いつもの感情が顔に出るライラクスに戻ったことに、何だかホッとしてしまう。
それと同時に、すごくライラクスを傷つけていたのではないか……ということに気が付いた。
「……フレシア公爵がまた何か企んでくるかもしれないから、念のために残ろうと思ってね」
嘘はついてなさそうだけど、かなり言葉を選んでるし、何か隠しているのかな……。
でも、わざわざ自分に関することなら知りたいか聞いてくれたのだから、きっと今は言えないか、そもそも私が知る必要はないものなのだろう。
「私は王都からサミレット領を守る。だから、ヴォレッカはサミレット領から守ってくれないか?」
「そんなの当たり前じゃないですか。私の方こそ、お願いします」
結局、ライラクスに頼ってばかりで、負担をかけてしまっている。
婚姻関係も継続となった。
「本当にありがとうございます」
傷つけて、ごめんなさい。
そう続けたかった言葉はのみ込んで、頭を下げる。
きっとライラクスは謝ってほしいだなんて思っていなくて、私がスッキリするためだけの謝罪なんて、何の意味もないから。
「お礼は、ヴォレッカが敬語なしで私と話してくれるのがいいかな」
「何を言って……」
「放っておくと、そのうち自分ばかりが与えてもらってるとか言い出しそうだからね。そうならないように、ご褒美をもらおうかと」
「そんなこと、ご褒美になりませんよ」
そう答えるけれど、ここでライラクスが引いてくれないことは、もう知っている。
「でも、それがライラクスの望みであるなら、叶えないとね」
「ありがとう、ヴォレッカ」
嬉しそうに笑う姿が相も変わらず眩しくて、思わず薄目になったのであった。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
更新頻度変更のお知らせです。
今まで、ほぼ毎日更新をしておりましたが、ストックがなくなったため頻度を落として参ります。
今後は、火曜、土曜の週2日更新となりますので、よろしくお願いいたします。




