3 『運命』、それは『気のせい』です
久々すぎる社交界。
私の持ってきたドレスでは型が古いからとメルナさんからドレスを借り、王城へと来たのだけれど、そのまばゆさに一瞬だけ心を折りかけた。
妙齢の令嬢は皆美しく着飾っていて、きらきら輝いて見える。
き、気持ちで負けたら、終わる……。
そう思いつつ一度お手洗いに退避して、気持ちを立て直すと、もう一度会場へと向かう。
第一にお金、次に人柄、後妻ではなく、できれば清潔感のある人。まずは一人知り合って、駄目ならそこから知り合いを紹介してもらえれば……。とにかく、声をかけないと。
待っていて声がかかるなんて、平凡な私は幻想を抱いてはいけない。
攻めて攻めて、攻めまくる。駆け引きなんてしている時間はないし、そもそも恋愛初心者で初恋も知らない私には高等技術過ぎる。
何て、考えごとをしながら歩いていたからいけなかったのだろう。
トンッと肩が誰かにぶつかった。
「あ、すみません……」
そう言いながら見た相手は、白銀の長髪に神秘的な紫色の瞳を持つ、美しい男の人だった。
うん、この人は無理だな。一瞬で脳がそう理解した。
もしかしたら、誰かを紹介してもらえる可能性はあるけど、キラキラした人の友人もキラキラしている可能性が高い。
私にとって、雲の上の存在だ。
「あの、大丈夫ですか?」
私を見たまま固まってしまった男性に声をかけるが、反応がない。
そんなに強くぶつかってないから大丈夫だと思ったけど、相当痛かったとか?
でも、本当にトンって軽くぶつかっただけだし……。
「ぶつかったとこ、医務室で見てもらいます? あ、でも医務室の場所が分かんないや。えっと、すみません。場所知って──」
最後まで言い切る前に、いきなり手を掴まれた。
そして、『運命』とか言っていた、冒頭に戻るというわけである。
***
「うーん。あの美丈夫と知り合いになっておくべきだったかなぁ……」
結局、まったくと言っていいほどに収穫のなかった夜会を終え、帰りの馬車の中で呟いた。
だけど、どう考えてもそこから結婚相手を探すという道が開けるとは思えない。
「うん。次だよ、次! えっと、次の夜会は四日後かぁ。今の流行りも分かったし、それまでにどうにかドレスの大改造しないと」
一回の夜会でうまくいく方がおかしいのだ。
落ち込みたくなる気持ちを気合いで持ち上げる。
落ち込んでいる暇があったら、少しでもどうにかできるように行動するべきだ。
次の日の朝、さっそく手持ちのドレスを広げて、どうして行こうかと考える。
すると、コンコンと控えめに玄関の扉がノックされた。
伯母様かな? 今日の昼にドレスは返しに行くって伝えてたんだけど、どうしたんだろう?
「はーい! 何か急用でも…………、え?」
「おはようございます。ヴォレッカ・サミレット子爵令嬢」
太陽の光が後光かな? と思えるほど美しい、昨夜出会った男性がそこに立っている。
何で、うちを知っているの? など考える間もなく、無意識に玄関の扉を閉めようとした。
閉めようとしたのだが、何かが挟まっているかのように、中途半端に閉まらない。
まさか……。
恐る恐る視線を下げると、そこには美丈夫の足が挟まっていた。
「もももも申し訳ございません! あ、足をどけてください。扉を閉めますので!」
そう言った瞬間、扉に手をかけられて開けられてしまう。
「…………へ?」
「足が痛いんだ。家へ入れてくれるよね?」
「は、はい……」
それって、脅しですよね……。
慰謝料って言われても、払えないんだけど。
あっ! まさか、昨夜肩がぶつかった慰謝料でも請求に来たとか?
でも、たしかすんごい仕立ての良さそうなタキシード着てたし、お金に困っているようには見えなかったよなぁ。
「飲み物、水しかないんですけど、水でもいいですか?」
広げていたドレスを片付けつつ、とりあえず美丈夫に椅子に座ってもらう。
どこにでもあるような飾り気のない木の椅子が、一瞬で高級品に見えるようになったことに驚きつつ、美形ってすごいなと変な感動を覚える。
「あぁ、気にしなくていい。今日はヴォレッカ嬢に話があって来たんだ」
「はぁ……」
「私と結婚してもらいたくてね」
「……………………え?」
今、この美丈夫は何て言ったの?
結婚って言葉が出ていた気がするけど、たぶん気のせいだ。
私が結婚を急ぎすぎているがゆえに聞こえた幻聴だろう。
「すみません。今、何て?」
「私と結婚してほしいんだ」
「えーっと、結婚詐欺は間に合ってます。うちお金ないんで、他当たってください」
「……は?」
「あ、もしかしてこれ、王都流のジョークだったりします? 田舎から出てきたばかりなもので、そこらへん分からなくて」
そういう私を、美丈夫は呆気にとられた顔で眺めている。
一体、この美丈夫は何をしに来たんだろうか。
本当の用件を聞こうとして、名前を知らないことに気が付いた。
聞くべきか、聞かぬべきか……。
何だろう、私の直感が聞くなと言っている。
「あの、それで本当のご用件は?」
「だから、婚姻の申し込みに」
「そういう冗談は間に合ってます」
「いや、本当にヴォレッカと結婚しようと……」
いきなりの呼び捨てに、思わず顔が引きつった。
けれど、そんな私に気づくことなく、美丈夫は話を続けていく。
「その『運命』だって思ったから……」
「は? もしかして、宗教の勧誘ですか? 私『運命』って信じてないんで。お引き取り願えると──」
「しゅ、宗教じゃなくて、私のことを見ても顔色一つ変えないヴォレッカに『運命』だって思ったんだよ」
必死な顔の美丈夫に、もう何が何だか分からない。
「え、じゃあ美丈夫……じゃなくて、あなたは、あなたの顔を見て平気な顔をしている人、全員を『運命』だと感じるんですか?」
「その美丈夫って何?」
「名前が分からなかったので、心の中のあだ名と言いますか……。すみません」
「……私を知らない?」
「あ、やはり有名な方なんですね。昨日で社交は三年ぶりだったので、失礼しました」
「いや、名乗らずに申し訳なかった。私はライラクス・ヘンルートゥ。ヘンルートゥ伯爵家の当主だ」
その言葉に、田舎まで届いてきた「美しすぎる伯爵がいる」という噂を思い出す。
伯爵の名前は興味がないから忘れてしまったけれど。
「あぁ、あなたが噂の美しすぎる伯爵でしたか」
噂なんて、どこかでねじ曲がったり、誇張されると思っていたけれど、本当のこともあるんだなぁ……。
祈ったら、願いが成就するとかなんかご利益ありそうだよね。
ご利益があったラッキーくらいの気持ちで祈りを捧げてみたら、ものすごい変なものを見るような目で見られてしまった。
突飛な行動だったかもしれないけど、いきなり『運命』とか言い出す人にそんな目を向けられたくはない。
ブックマーク、評価ありがとうございます!!
読んでいただけてるだ!! と思えて、嬉しいです。
引き続き、『運命』を『気のせい』だと答えたら〜をよろしくお願いしますします。




