25『運命』は、ビフォーアフターを経験する
ロゼリア様の紹介で、翌日には侍女のリーゼがヘンルートゥ家へとやって来た。
リーゼは、本当に手離して良かったの? と聞きたくなるほど優秀で、何でもてきぱきとこなしてくれる。
ヘンルートゥ家に来て早三日、彼女にできない仕事はないんじゃないだろうか。
「はぁぁぁぁぁ…………、今日もキシスの筋肉が光り輝いておりましたね。ヴォレッカ様もそう思いませんか?」
長すぎるため息のあと、目を輝かせてリーゼが言う。
その間も手は休まることなく、髪を結い上げていく。
今日はロゼリア様のお家でお茶会なので、アーネたちが選んでくれたドレスを着て、リーゼが髪と化粧をしてくれているのだ。
「リーゼは、キシスのことが本当に好きだね」
「はい! キシスはいつになったら私と結婚してくれるのでしょうか」
「…………え? 結婚?」
「はい、結婚です♡」
語尾にハートを付けて言うリーゼは可愛い。
きっとその可愛さに惚れ込む人も多いだろう。
だけどさ、まだヘンルートゥ家に来て三日だよね?
その前は一方的にリーゼがキシスを知っているだけで面識はなかったはず。
何をどうしたら、結婚になるの?
「えーっと、もしかしてキシスとリーゼは付き合ってるの?」
「いえ」
「じゃあ、リーゼがプロポーズしたとか?」
「そんなことありませんよ」
「……なんで、結婚という話になったの?」
鏡には、怪訝な顔をした私が映っている。
そんな私に、リーゼはキョトンとした顔をした。
「キシスと絶対に結婚すると私が決めたからですよ」
当たり前のように言われ、本気で意味が分からない。
「今日のお化粧はどんな感じにしますか? お茶会ですし、化けます?」
あ、分からないことが増えた……。
うん、キシスとのことは、とりあえず置いておこう。
そもそも恋愛は苦手だし、分野外……ということで。
「化けるって?」
「言葉通りの意味ですよ。別人のようにもできますけど、それだと誰? となってしまうので、誰か分かる程度に変身しますか? 可愛い系、美人系など好みがあれば、それに合わせますよ」
「よく分かんないから、任せてもいい?」
「もちろんです。ドレスが可愛い系なので、可愛らしい雰囲気にしましょうか。ヴォレッカ様のドレスは全体的に可愛い感じが多いですけど、そういうのがお好みなわけじゃないんですか?」
あー、そっかぁ。
たしかにドレスを見たらそう思うよね。
「お義母様がすすめてくれたんだよ」
「つまり、好みではないと?」
「そうは言ってない」
やめてくれ、そういうのは。
うっかり頷いたら、どうしてくれるんだ。
善意を踏みつけるなんて、真っ平ごめんだから。
「……だいたい理解しました。お化粧ですが、初回なのでビフォーアフターが分かるように、まずは顔半分だけやりますね。その時点で訂正が必要な箇所は直します」
そう言うと、うきうきと楽しそうにリーゼは私に化粧をしていく。
「はい、顔半分できました。まずは、完成した方ですね」
そう言いながら、顔の右半分を隠されて、鏡を見る。
「…………え、誰?」
奥二重はぱっちりとした二重になり、いつもより目が大きくなってる。まつげもくるんと長く、私の面影がある誰かになっていた。
「で、こっちが……」
その言葉とともに、今度は左半分を隠される。
「わぁ、いつもの顔だ」
うん、いつもの平凡な私だ。さっきと比べてボヤッとした印象である。
「そしてそして、じゃじゃーん!」
最後に左右の顔のどちらも隠すことなく鏡に映る、ビフォーアフターな私の顔。
なるほど、これはたしかに化けるという言葉がぴったりだ。
「どうですか?」
「すごいね。びっくりした」
「ですよね! もっと、こうしたいとかあります? なければ、もう半分もやっちゃおうと思うのですが」
そう言ってくれるけれど、正直、悩む。
私は、本当に化けてもいいのだろうか。
可愛くなれるということに、少し前の私ならすぐに頷いていたと思う。
だけど、今は躊躇いが勝つ。
リーゼの化粧だと、私は平凡という中央値から出て、可愛い側に属してしまう。
ライラクスの好みは平凡だと言い切った手前、そうなってはいけない気がする。
「すごく可愛くしてもらって申し訳ないんだけど、いつもの化粧にしてもらってもいいかな?」
「気に入りませんでしたか?」
「そうじゃなくて、ライラクスの好みが平凡顔なんだよ」
実際は違うだろうけど、そういうことにしておくのが一番平和だろう。
「なるほど! ヴォレッカ様は旦那様の好みでいたいわけですね。愛だなぁ……」
「あは、あははははは……」
違うんだけど、説明が難しいし、もうそういうことでいいかなぁ。
「じゃ、いつものお化粧を真似しますね」
「ごめんね」
「謝ることじゃありませんよ。でも、いつか全力でフルメイクさせてください。趣味なので!」
「うん、ありがとう」
「お礼を言うのは、私の方ですよ。……ヘンルートゥ伯爵家に勤められて、本当に良かったです」
どこか落ち込んだような声に、鏡越しにリーゼを見る。
ファララス公爵家で、何かあったのかな……。
「私も、リーゼが来てくれて本当に良かったよ。アーネたちはすぐ無理をするし、心配だったから。たくさん頼ると思うけど、よろしくね」
「もちろんです! お役に立てるように頑張りますね。さ、お化粧完成しましたよ」
「ありがとう。……あれ? たしかにいつもと同じなのに、何だか肌がきれい?」
肌のトーンがいつもより明るい気がする。
それに、心なしか可愛い気も。
「ヴォレッカ様のお肌に合わせて、化粧品を選びなおしたり、作りましたから。あ、もちろんアーネさんたちの許可はもらってますよ」
「そこは心配してないから大丈夫だよ。リーゼはすごいね、いつもと同じなのにキレイにしてくれたんだ。ありがとう」
お礼を言えば、リーゼは嬉しそうに笑う。
良かった、雰囲気が戻って。
「よし、それじゃあロゼリア様のところに行ってくるけど、何か伝えてくることはある?」
「いえ、特にはありません。楽しそうにしていると伝えてください」
困ったように眉を下げられ、一瞬だけ「何かあったの?」と聞こうとして、やめた。
「うん、分かった」
代わりにそう答えれば、リーゼは明らかにホッとした表情をする。
うーん、知られたくないってことだよね。
さて、これは首を突っ込んだ方がいいのか、余計なことなのか……。
とりあえず、様子見かな。
ロゼリア様の紹介といえど、ライラクスがリーゼの身辺調査はしているだろう。
何も言われてないということは、私が知らなくていい可能性もある。
何より、知られたくないことの一つや二つ、あるよね。
「あの……。もし、聞けそうだったらでいいので、化粧水や石けんをまた作らせてもらえないかって……。いえ、何でもありません」
そう言って、リーゼはうつむいた。
「本当に、聞かなくていいの?」
「はい」
「聞きたくなったら、いつでも言ってね。すぐに会わなくても、手紙を出すこともできるんだし」
「ありがとうございます」
泣き出しそうな声に、何と声をかけていいか分からず、小さく頷く。
「それじゃ、いってくるね」
御者のスーホが馬車のドアを開けてくれ、中へと入る。
すると、ライラクスがやって来た。
「ヴォレッカ、気を付けて行っておいで」
「はい、ありがとうございます。ライラクス、顔色が悪いようですけど、きちんと休めていますか?」
ここ数日、ライラクスは私が寝た後に寝室へと来ている。
今朝は、起きた時にはもう隣にはいなかった。
「可愛いヴォレッカの姿を見たら、元気が出たよ。帰りは迎えに行ってもいいかな?」
「その時間、少しでも休んでください」
「……ヴォレッカがそばにいないと休めないと言ったら?」
真剣な表情で見つめられ、その真意を探ろうとライラクスの目を見つめ返す。
「そうですね、今日こそ一緒に寝れるように、頑張ってお仕事をしてくださいと応援するのが、最適解な気がします」
「なるほど。では、頑張って仕事を終わらせて、ヴォレッカを迎えに行くとしよう」
……何で、そうなるの?
ライラクスが何をしたいのか分からないまま、私はファララス公爵家へと向かった。




