2 『運命』かもしれない出会いまであと少し
一週間かけて王都へと到着し、御者にお礼を言うと大きな鞄一つを持って、お父様の姉であるナーサ伯母《おば》様の家へと向かう。
伯母様は王宮勤めの騎士様と結婚したため、王都に住んでいるのだ。
一軒家の扉をノックすれば、すぐに扉が開かれる。
けれど、そこには知らない女性がおくるみに包まれた赤ちゃんを抱っこして立っていた。
「えっと、どちら様ですか?」
どことなく顔色の悪い若い女性が私に尋ねた。
「あ……、私、ヴォレッカ・サミレットと申します。今日は王都に来たので、伯母に会いに──」
「やだ、メルナちゃんったら。私が出るから大丈夫よ。まだ調子も良くないんだから、ゆっくりしないと!」
家の中から叔母様の声がして、メルナちゃんと呼ばれた女性は振り返る。
「もう、お義母さんったら、これくらい大丈夫ですよ。それより、お義母さんにお客様ですよ。どうぞ、お入りください」
そう促してくれるけれど、本当にお邪魔してもいいのだろうか。
扉の前で躊躇っていると、伯母様が玄関にやって来た。
「──ヴォレッカ⁉ 急にどうしたの? 入って入って!」
「え、でも……」
「何、遠慮してるのよ。久々に会えたんだから、最近の話を聞かせてちょうだい。ね?」
にこにこと笑いながら伯母様は言う。
家まで来て、何もしないで帰るのは不自然だよね……。
「じゃあ、お言葉に甘えて。お邪魔します」
通してもらったリビングは、三年前に来た時よりもすっきりとしていた。
「今日、伯父様は?」
「仕事よ。それにしても、しばらく見ない間に大きくなって……」
「伯母様、三年前も同じことを言ってたわよ。さっきの人は、デーリッヒ兄のお嫁さん?」
「えぇ、一年前から同居してるのよ。まさか、デーリッヒから同居のことを言いだしてくれるなんて思いもしなかったわ。この部屋の雰囲気もずいぶん変わったでしょう? 赤ちゃんが生まれるってなった時にね、色々と片付けたの。ほら、赤ちゃんって何にでも興味を示すして触っちゃうじゃない。だから、慌てて片付けるより先にやっちゃおうかと思って」
「伯母様らしいね」
従兄が結婚したのは知っていたけど、同居して、子どもまで生まれているとは知らなかった。
お父様は、知っていたのかな?
「赤ちゃん、いつ生まれたの?」
「先週よ。だから、メルナちゃんにはまだゆっくりしてほしいのに、あの子ったらすぐに大丈夫って言うんだもの。ヴォレッカが知らないってことは、手紙と入れ違っちゃったのね」
「うん。そうみたい。伯母様、おめでとう。デーリッヒ兄にも、おめでとうって伝えておいて」
「分かったわ、ありがとう。ヴォレッカは最近どう? 王都には何しに……。あ、もしかして王都にイイ人でもいるの?」
「違うよ。イイ人を探しに来たの」
そう言った瞬間、伯母様の目が輝いた。
問題は、本当の理由を言うかどうか……。
お父様と伯母様は姉弟仲が良く、月一で手紙のやり取りをしている。
私が黙っていても、お父様の手紙で知ってしまう可能性は高い。ならば、隠さずに言ってしまった方がいいかもしれない。
「…………伯母様、これ」
渡した手紙を読んだ伯母様の目は、まん丸に見開かれた。
「どうして今まで黙ってたのよ……」
そう呟いてから黙ってしまった伯母様に、手紙を見せてもらう。
そこには、領地の現状と私が王都へ行くことになった経緯、それから私のことを助けてやってほしいという願いが書かれていた。
きっと、お父様としては伯母様の家に私が王都にいる間、居候させてもらいたかったのだろう。
でも、それはできない。メルナさんの顔色も良くなかったし、赤ちゃんが生まれて大変な時期に、私がお世話になるわけにはいかない。
ならば、 お父様が毎年、冬の間は王都で社交に励んでいる時に使っている家に住めばいい。普段は伯母様が管理をしてくれているから、鍵は伯母様が持っている。
「伯母様、いきなり来てごめんなさい。お父様が社交時に使っている家の鍵を貸してほしいの」
「……まさか、ひとりで暮らす気なの?」
「うん。伯母様には、ドレスを着る時に手伝ってほしいんだ。一人じゃ着られないから……」
「その間くらい、うちに居ればいいじゃない」
「駄目だよ。生まれたばかりの赤ちゃんのお世話って大変でしょう? エリオットが生まれた時、可愛くて仕方なかったけど、お母様はいつもあまり眠れていなかったもの」
数時間ごとに授乳して、その間におむつも替えて、汚れたおむつの洗濯もしなきゃいけない。
泣けば、一晩中抱っこしている時だってある。
そのことを知っていて、お願いしますとは言えない。
「……力になれなくて、ごめんね。私にできることなら、何でもするわ」
「そんなことないよ。伯母様には、たくさん助けてもらうことになると思うから……。私の方こそ、ごめんね」
二階から、生まれたばかりの可愛らしい赤ちゃんの泣き声がする。
その泣き声に、これからびっくりするくらい大きな声で泣くようになるんだよな……と、エリオットが赤ちゃんだった頃を思い出す。
「……ねぇ、ヴォレッカ。あなたは、こうやってお相手を探すので本当にいいの?」
「うん。もう決めたから」
両親はきっと、私の相手が見つからないことを願っている。
私のしていることは、親不孝なのかもしれない。
それでも、守りたいのだ。家族を、領地を──。
この日、私ははじめての一人暮らしを始めた。
そしてこの三日後、三年ぶりに参加した夜会で『運命』とかいう美丈夫と出会うこととなる。




