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【過去編】俺が初めて、君を女性として見た日 ―ベルガモットに包まれて― ラファエル視点

恋心は、いつも唐突にやってくる。

心の隙間にぬるりと滑り込み、心臓を掴んで締め付ける。それが例え許されない相手だとしても、その手が止まることはない。


ただの妹分だと、思ってたのにな。


これは1年前ーーー俺が君を女性として見てしまった、ある日の物語。


ーーー


ランタンの灯りが、ゆらゆらと職務室を照らしていた。窓の外の梅の花が朽ちかけ、残された枝が寂しげに佇んでいる。


まだまだ、春は遠いな。


そんなことを思いながら、背もたれに体重を預けた。


ーーーコンコンコン


静寂を切り裂くように、扉を叩く音がした。


「ラファエル様、お茶をお持ちしました」


聞こえてきたのは、耳馴染みのある落ち着いた声。


「リリアちゃん……? あぁ、入ってくれて構わないよ」


その言葉に応えるように、扉がゆっくりと開く。シルバーの盆とプラチナブロンドの髪が、灯りを反射しながらほのかに揺れた。


「遅くまでお疲れ様です」


「あぁ、ありがとう。……珍しいね、こんな時間に君がいるなんて」


差し出された紅茶を顔に近づける。立ち上がる蒸気とベルガモットの香りが、冷えた体を温める。


「忘れ物をしてしまいまして。奥にまだ灯りが見えたものですから」


リリアちゃんは肩をすくめて困ったように笑う。


「なるほど。お陰で君の淹れた紅茶にありつけたんだ、この偶然に感謝しないとだね」


おそらく、これはリリアちゃんなりの気遣いだ。偶然なんかではない。

わかってはいるが……それを指摘するほど、無粋ではないつもりだった。


「そうおっしゃっていただけるとありがたいですわ。……まだ、帰れそうにありませんか?」


「……もし帰れるって言ったら、君と同じ馬車に乗れるのかな?」


いつも通りの軟派な調子でそう尋ねる。

リリアちゃんは口元に笑みをたたえたまま、わずかに眉をひそめた。


当然のことながら、俺を誘っているわけではないらしい。


「……冗談だよ。まだ帰れそうにないしね」


視界の端にいる書類の山を一瞥してから、リリアちゃんへ視線を戻す。


「我ながら情けないよね。こんなミスやらかすなんてさ」


自嘲気味に笑ってから、紅茶に口をつける。ほのかな苦味が、疲れた体に染み渡った。


「ラファエル様は、部下を庇ってそのミスを引き受けたのでしょう? 情けないことなど、どこにもありません」


紅茶を飲む手が、一瞬止まる。

誰にも悟らせないように動いていたはずだけど……相変わらず、この子は鋭いな。


「そう見えたなら嬉しいよ。でも俺は、君が思うような男じゃないかもよ? ……狼は、羊の皮を被る生き物だからね」


にやけそうになる口元を誤魔化すように、紅茶を煽る。


誰にも知られなくていい。そう思っていた行動が認められた。俺を見てくれる人がいた。その事実が、じんわりと俺の胸を温める。


……しかし俺は、それに甘えるわけにはいかない。いくら昔馴染みとはいえ、男と女。婚約者がいる人間と夜間に2人きりなんて、許されることではない。


リリアちゃんも、それは理解しているはずだ。


「私の知っているラファエル様は、誰よりも早く人の痛みに気がつき、助けてくれる優しい人です。子供の頃から、ずっと。今もこうやって、私のために警告してくださる。……お気遣い、ありがとうございます」


優しく微笑むその顔に、少女のようなあどけなさがちらつく。けれどそこに、昔はなかった成熟した知性が垣間見えて。


俺は思わず、息を呑んだ。


「はは……そんなふうに言われたら、勘違いしそうになるね」


紅茶を持つ手が、震える。


落ち着け、ラファエル。相手はリリアちゃんだ。可愛い、ただの妹分。そうだろう?


自分に言い聞かせるように、ぐるぐると言葉を巡らせる。それなのに、震えは一向におさまらない。


「ふふ、ご冗談を」


口元を抑えるリリアちゃんの仕草が、何故か酷く妖艶に見えて、俺は咄嗟に目を逸らす。


「しかし今だけは……貴方をお兄様と慕っていたあの頃に、戻りたいと願ってしまうのです」


「……そう、なんだね」


誤魔化す言葉が、見つからない。心臓が拍動するたびに、思考が散り散りになって纏まらない。


「……これは貴方を慕う妹分としての、純粋な思い。ですから、あまり抱え込みすぎないでくださいね」


一つ一つの言葉が、心に、脳に染み渡る。俺の建前を撫でて、その隙間からゆっくりと侵食するような、甘やかな言葉。


きっと彼女にとって、俺はただの『幼馴染のお兄様』でしかないのだろう。俺にとっても、彼女は可愛い妹分でしかない。……そうでしか、なかったのに。


目を伏せて、息を吐く。


ーーーなんで今更、こんな気持ちになるんだよ。


「……ありがとう、リリアちゃん。お陰で、もう少し頑張れそうだよ」


搾り出した言葉は、わずかに震えていた。


「それならば何よりですわ。では、また明日お会いしましょう。ごきげんよう……"ラファ兄様"」


「っ……!」


思わず顔を上げ、彼女の背を見つめる。その一言で、心臓が早鐘を打ち、体が熱をもつ。


「あ、あぁ……また、明日」


俺の言葉と共に、扉が音もなく閉まる。


再び静寂に包まれた部屋。そこに残されたのは、飲みかけのアールグレイと、熱に浮かされた俺だけだった。

お読みいただきありがとうございます!

✨ブクマとリアクションの合計数で番外編公開!✨

合計10→断罪前日 リリアとミカエル

「最後に、お前を救えたら」

彼の手が、リリアに届く日は来るのかーーー

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