とある傍観者の後悔 ラファエル視点
「もっと頼りにしてくれていいんだよ? 君を受け止められる程度の器は、備えているつもりだから」
もし素直にそう言えていれば、君は壊れずに済んだのだろうか。
今まで色んなものを諦めてきた。のらりくらりと誤魔化して、気にしていないふりをして。
でも君がいない世界じゃーーー
俺は上手く笑えないみたいだ
ーーー
王宮の隅、誰も訪れないある休憩室。
自分の息の音さえ聞こえてきそうなその空間。ほのかな灯りと、ページを捲る微かな音。
ーーーよかった、今日もいるみたいだ。
「たまには目的もなく歩いてみるものだね。今日は月が綺麗な、いい夜だ」
開け放たれた扉をくぐり、肩をひそめる。
偶然を装ったその態度は、いささかわざとらしかったかもしれない。
「ラファエル様……」
柘榴のような赤い瞳が、俺を捉える。
美しい瞳に似合わない、わずかにくすんだ下瞼。白い肌に浮かんだそれは、薄暗い灯りの中でも異質さを放っていた。
「こんな遅くまで仕事の準備? 真面目なのは美徳だけど、たまに息を吐くぐらいなら、女神様も許してくれると思わない?」
机越しにリリアちゃんの顔を見つめる。一瞬だけ瞳が揺れ、唇がかすかに動く。
「女神様はお許しくださるかもしれませんが……私は、怠惰な自分など許せませんの」
放たれた、強い意志を孕んだ声。想定外のそれに、思わずぴたりと動きが止まる。
やっぱり、簡単には心を開いてくれないか。
昔は『ラファ兄様』なんて、俺を呼んでいた幼い彼女。あの頃とは違う、どこか距離のある言葉。忘れたはずの思い出が、寂寥感を纏って胸を締め付ける。
「努力家だね。……でも、自分がしたいことと、相手が望んでいることが噛み合わないのは珍しいことじゃない。それは、誰のための努力かな?」
「……何を、おっしゃいたいのですか」
「君の婚約者様は、リリアちゃんが『完璧』であることは、十分わかってると思うよ? ……腕のない女神像のように、不完全だからこそ美しいものもある。殿下はその美をわからないほど、無粋な方じゃないと思うんだ。……まあ、俺の勝手な思い込みかもしれないけど」
リリアちゃんは目を伏せて、困ったように眉を顰めた。
あと、もう少しかな。
テーブルに腕をつき、上半身をぐっと前に持ってくる。
「君は、今のままでも魅力的だよ。思わず目を奪われてしまうほどに」
口をついたその台詞は、紛れもない本心だった。
誰かのために頑張れる直向きさも、愛を注ぎ受け入れる大きな器も、俺の心を掴んで離さない。
俺の視線を、引いてやまない。
もしも君が俺の婚約者だったら、軽口の裏に隠された重い感情も、深くまで見せられないこの情けない臆病な心も、全部受け入れてくれたんだろうか。そんなことを、考える日もある程度には。
「ラファエル様は寛大ですわね。……昔から、そうですけれど」
弧を描いた口元は、どことなく寂しげだった。心の底からは納得していないのだということが、それだけでわかる。
「私も、いつかそのように思える日が来るといいのですが……。今はまだ、難しいかもしれません」
すくめられたその華奢な肩を、今すぐにでも抱きしめたかった。
ーーーそんな男やめて、今からでも俺に乗り換えない?
いつもならさらりと交わされるそんなセリフも、肝心な時に出てこなくて。
本当に、情けない。
「リリアちゃんならきっと、いつかそう思える日が来る。俺でよければいつでも相談に乗るよ。それだけは、覚えていて欲しいな」
椅子から立ち上り、背を向けてヒラヒラと手を振りながら歩き去る。
結局俺は、肝心な時に一歩を踏み出せない。傍観者から、抜け出せない。
そんな自分に嫌気がさす。
ーーーもし俺に君を抱き寄せる勇気があれば、君を失わずに済んだのだろうか。
そう考えるたびに、乾いた笑いが虚空に響く。
俺は主人公にはなれない。今までも、そしてこれからも。
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