狂い始めた歯車とひび割れた仮面 リリア視点
「もしも過去に戻れるならば、私は迷わずこの日を選ぶでしょう」
全てが狂い出したのは、きっとあの時だった。少しずつ、しかし確実に。運命の歯車は、軋み始めていた。
ーーー
昨日の、デービット様の顔が忘れられない。
『デービット様にーーー幸せでいてもらえるならば、それだけで、満足ですわ』
全てを語ることはできなかったけれど、それは紛れもない私の本心だった。
それを聞いた彼の……失望したような、怒りを堪えるようなあの表情。
ーーー私は、何か間違えたのかもしれない。でも、何が正しいのかわからない。
帰っても、寝ても、覚めても、出勤しても。延々と自問自答を繰り返す脳味噌。疲弊したそれは、外部の情報を拒み始めていた。
だからか今日は、小さなミスが多い気がする。気をつけないといけないのはわかっているが、巡る思考は止まらない。
やたらとメアリーさんの話をしてきたけれど……。デービット様は、彼女に気があるのだろうか。
定期的にもたらされるその答えが、より一層視界を狭めた。
考えろ、諦めるな。『デービット様に相応しい婚約者』でいるために。
「あ……あの、リリア様……?」
加速する思考を遮る、美しい声。普段なら可愛らしく思うそれが、今は愛する人を誑かす、悪魔の囁きのように感じられた。
「……少し考え事をしているの。わからないかしら?」
「えっ、あっ、すっ、すみません……」
謝るその声すら、何故か不快に感じられて。
「それならば少し、静かにしていただけます? ……育ちがしれますわね」
ぼそりと口をついた台詞は、普段なら決して出てこない品のないものだった。それに気がついた瞬間、急いで口を覆う。
目の前に見えたのは、目を見開いて視線を揺らす、か弱い一人の少女。
その姿は罪悪感に姿を変え、胸の奥にグサリと突き刺さった。
「……ごめんなさい。言ってはいけないことを言ったわ」
自責の念から逃げるように、目を伏せる。
やってしまった。完璧でなければならないのに。よりにもよって、彼女に当たってしまうなんて。
「いえ……私が無神経だったんです。すみませんでした、考え事中に話しかけてしまって」
心底申し訳なさそうなその声が、私の浅はかさを浮き彫りにするようだった。より一層、罪の意識が深まっていく。
「違うわ、私が悪いの。私が……」
震える声と、浅く上下する肩。
ーーー駄目よリリア、落ち着きなさい。
目を瞑り、大きく息を吸う。
笑え。役割を、果たせ。
「ごめんなさいね、疲れているみたい。今日は少し早めに帰らせてもらうわ。……それで、聞きたいことって何かしら?」
貼り付けたような笑みと、普段と変わらない凛とした声。大丈夫、私ならばやれる。
『公爵令嬢』リリア・キャンベルらしい振る舞いを。
無理矢理押さえつけた気持ちが、徐々に私を蝕んでいく。その事にこの時点で気がつけたならーーー私に用意された結末は、変わっていたかもしれない。
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