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【番外編】断罪執行前日 ーラファエルー

冷え切った石でできた塔の最上階。そこにあるのは、刑を執行するまで高位貴族を隔離しておくための牢獄。


私はそこで1人、明日の断罪執行を待っていた。


コツコツと、重い鉄扉の外から足音が聞こえる。誰よりも落ち着いた、穏やかな足音。


もし来るとしたらあの方だろう。


鉄格子のカーテン越しに見えるシルエット。私の予想通りの人影。


ーーーガチャリ


それなのに聞こえてきた音は、私の想像とは違うものだった。


音を立てて、扉が開く。今まで一度も開くことがなかった、重い扉が。


「遅くなってごめんね、リリアちゃん」


いつも通りの、余裕の微笑み。牢獄の中に吹き込む冷たい風が柔らかな髪を揺らしていて。


「ラファエル様……なんで……」


枯れた声が、空気を震わせる。


ラファエル様は一瞬目を見開いてからすっと優しく目を細め、こちらへ歩み寄る。


「もっと早く来れたら良かったんだけど、手続きに手間取っちゃって。大丈夫、俺が君を自由にしてあげるから」


手続き? 自由?


言っていることが、いまいちピンとこない。夢の中でふわふわと言葉だけが流れていくような、そんな気分だった。


ラファエル様の手が私へ伸ばされる。まるで涙の跡をなぞる様に、細い指が優しく頬を撫でた。


「可哀想に……もう大丈夫。さあ、ここから出よう」


どこまでも優しいその声に、思わず従ってしまいそうになる。


けれどーーー


私は知ってしまった。私を助けようとしても、不幸になるだけだ。ミカも、デービット様も。ラファエル様だって例外じゃない。


「や、やめてください……!」


伸ばされたその手から逃げる様に、私は座ったまま後ずさる。


「あぁ、ごめんね。怖がらせるつもりはなかったんだ。……俺は他の2人とは違う。ちゃんと段階を踏んでここに来たんだから」


他の2人とは、違う……? なんで、2人が来たことを知ってるの……?


私の頭に疑問を残したまま、ラファエル様は話し続ける。


「そもそもあの程度で公爵令嬢を国外追放にするなんて不可能だよ。確かに叩いたことは許されないし、相手は聖女様。全く罪に問われないようにするのは難しい。……だけどデービット殿下は婚約者がいる身にもかかわらず、彼女と非常に懇意にしていた。それは周知の事実だし、髪飾りという物的証拠まである」


まるで当然のことの様に悠然と語るラファエル様。その声には、迷いも躊躇いもない。


「情状酌量の余地は、十分あると思わない?」


ラファエル様は唇の端を一層吊り上げる。その目は、笑っていなかった。


「だから俺は裁きのやり直しを求めた。国王にも話はつけてある。まだ結果はわからないけど……ここの鍵をもらえる程度には、経過は良好かな」


ラファエル様は肩をすくめてから、私と視線を合わせる様にしゃがみ込む。ターコイズブルーの瞳に宿る、火傷しそうなほどに情熱的な色。しかし同時に、まるで闇で包まれた様な暗さが共存していて。


ぞわりと、肌が粟立つ。心臓が、うるさくて仕方なかった。


「俺なら君をここから出してあげられる。……それでも君は、俺を頼ってはくれないのかな?」


恐怖すら感じる、私の覚悟を全て無に帰すようなその言葉。


そのはずなのに……寂しげに細められるその瞳は、昔迷子だった私を助けてくれた、誰よりも優しいラファ兄様そのもので。


包み込む様なその声に甘えてしまいたい、温かいその手にすがってしまいたい。


そんな甘美な選択肢が、頭の中を満たしていく。


それなのに、私の心は揺れたままだった。


……もしそうしたら、周りの人間はどうなる?


婚約はもう破棄された。そもそも罪人に嫁の貰い手などない。デービット様に捨てられ、聖女を叩いた娘として、両親に迷惑をかけながら過ごす?


いや、そんなのありえない。それこそ生き恥を晒す様なものじゃないか。


「仮にここから出たとして、私は罪人のままです。家族にも、ラファエル様にも迷惑をかけてしまいます。これは、私の罪です。潔く、ここで死なせてください」


もうほとんど力が入らない喉を、必死に震わせる。


ラファエル様は目を伏せ、わずかに首を傾げる。


「責任感が強いのはいいことだけど……今回だけは、俺に任せて欲しいかな。君がいなくなったら、皆悲しむよ? 俺も、ご両親も、ミカもーーー殿下も」


「っ……!」


「ミカ、戻ってきた時酷い顔してたよ? 珍しく訓練も休んだって。そんな状態で、近衛兵が務まるかな?」


淡々と述べられる言葉は、婉曲なはずなのにまるで刃物の様に鋭くて。


「殿下も酷い有様だって。帰ってからずっと吐き続けて、今は部屋から出てこないらしい。あの様子じゃあ、メアリーちゃんとの話もどうなるかね」


耳を塞いで、目を逸らした現実の数々。それがグサグサと音を立てて、私の心を貫いていく。


「御両親だって例外じゃない。宗教省の公務が滞って大変なんだよ? 枢機卿が不在なんだ、当然だけどね」


ラファエル様の手が、私の頬を包み込む。


「それでも君は、命を投げ出すつもりなの?」


あまりにも重い現実に、心が、体が押し潰される。


私の行動一つでそんなに変わってしまうなんて、知らなかった。それなのにあんな風に衝動的に動くなんて……私は、なんて愚かだったのだろう。


「私は……」


ラファエル様は迷う私の顎に手をやり、ぐっと引き上げる。


吐息がかかり、まつ毛が触れるほどの距離。それ程までに近くで、ラファエル様が私を見つめていた。


「ねぇ、リリアちゃん。これは提案なんだけど……そんなに断罪されたいなら、いっそそのまま実行しちゃおうか?」


「へ……?」


想定外の提案に、間の抜けた声がでる。


「もちろん君を死なせるつもりはないよ。表面上は断罪されたことにして、実際は俺の持っている別宅で過ごしてもらうんだ。リリアちゃんの生存を知るのは一部の人間だけ」


スラスラと出てくるラファエル様の提案。現実離れした話のはずなのに、彼ならば全て実現できるかもしれないと、そう思わせる様な不思議な力があった。


「あと、君を救う手続きはやめない。それによって君はただの罪人から『救われる可能性があったにも関わらず、自ら極刑を選んだ悲劇の令嬢』になるからね」


「そんな……都合のいい話……」


「可能だよ。俺なら君を救えるって言っただろう?」


ラファエル様の顔からはいつもの余裕の笑みは消え失せている。そこにあるのは引き結ばれた口元と、真剣な瞳だけだった。


「全部、俺に任せて。君の今も、未来も、全部」


「ラファエル様……」


でも私は、まだ……


「君の心に誰がいても構わない。俺が塗り替えてあげる」


私の心を読んだかの様に、ラファエル様はそう告げた。私を抱き寄せる腕が、かすかに強張る。


「だから……俺を選んでよ、リリアちゃん」


その言葉にはもはや、抗う余地など残されていなかった。

私はゆっくりと、首を縦に振る。


それを見たラファエル様は満足そうに笑った後、そっと唇を私に寄せた。

お読みいただきありがとうございます!


次回番外編は9/23 22時 とある兄貴分の後悔 になりまふ


本編である【あと7日で断罪とかマジですか? ーヤンデレ幼馴染と走る断罪回避RTAー】も連載中です!

そちらもよろしくお願いします!

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