甘い恐怖に侵されて デービット視点
「初めて、お前の愛を恐ろしいと思った」
僕はこの日確信した。何があっても、リリアの愛は僕に向いている。誰にもリリアを取られることはないのだと。
それと同時に、恐ろしくて仕方がなかった。初めて向けられた焼けるような嫉妬心に、有無を言わさぬ剣幕に、僕は気圧されてしまった。
口をついて出た、『出勤停止』という言葉。
それが僕すらも遠ざけてしまうなんて、この時は思ってもみなかったんだ。
ーーー
人気のない庭園の端、白い水仙に囲まれた一帯。僕はそこでメアリーと2人、ベンチに腰掛けていた。啜り泣く彼女の背中をさすりながら、ただひたすらに落ち着くのを待つ。
傾いた日が、そんな僕らの姿をぼんやりと照らし出す。
「どうだ、多少楽になってきたか?」
「はい……すみませんでした……」
くぐもった声は、まだ僅かに揺れている。
「無理はしないようにな。……あんなに感情的なリリアは、初めて見た。」
聞きなれない荒い声が、今も耳にまとわりついて離れない。
あれは本当にリリアだったのだろうか。そんな事を考えてしまうほど、普段の完璧な彼女とは乖離した姿だった。
「私……怖かったです。あんな風に怒鳴られて、髪飾りも……壊されて……」
メアリーの手に握られた、陶器でできたバラの髪飾り。そこにはくっきりと黒いヒビが刻まれていた。
「まさか、リリアがそんなことを……」
確かに今まで嫉妬を見せたことはあったが、ここまで激しい感情を見たのは初めてだった。普段だったら喜ばしいその反応。それなのに、リリアの鋭い瞳を思い出すたび、背筋が凍るような感覚が走る。
「私、髪飾りを無くしてしまって。今日いったところを探し回ってたんです。そしたら……ここで、リリア様が髪飾りを握っていて」
「……悪かった、僕がもっと早く動けていれば良かったのに」
コートの内ポケットに入った木箱を、指先で撫でる。僕がこれを渡せていたならば、メアリーが泣くことはなかっただろう。リリアだって僕の気持ちがわかれば、こんな暴挙に出なかったはずだ。
2人の女性を翻弄するなんて、我ながら罪な男だと思う。
「デービット様のせいじゃないと思います。私がもっとちゃんと、リリア様と話せていたら、こんなことには……」
「メアリー……」
再び涙ぐみ始めるメアリー。その涙を、そっとハンカチで拭う。
濡れた青い瞳が、ゆっくりと僕の方へ向けれた。
「それに、私嬉しかったんです。デービット様が庇ってくださって」
「あれは……咄嗟に、体が動いたんだ」
本来なら、リリアを庇うべきだったのかもしれない。僕は昨日、彼女に謝ると決めたのだから。
それなのにーーー2人を目にした僕は、いつの間にかメアリーを背にして立っていた。
おそらく……僕は、リリアが怖かったんだと思う。口をついて出てきた言葉は、リリアを突き放すものだった。
『しばらく顔を出さなくていい。頭を冷やせ、リリア』
僕は事情も何も聞かずにそう告げた。顔を伏せ、一言謝り去っていくリリア。ふらふらと揺れる足取りが、ひどく弱々しく見えた。
彼女が去り際に残した言葉が、頭の中で反響する。
『デービット様は、私ではなくメアリーさんを選ぶのですね』
その度に、僕の胸の中で疑念が渦巻く。
……本当に、僕のあの行動は正しかったんだろうか。このままでは、ミカエルにリリアを取られるのではないか。そんな不安が、僕の心を揺さぶり続けた。
「咄嗟に体が動くって、凄いことだと思います。デービット様は勇敢ですね」
僕を思考の波から救い出したのは、甘いメアリーの声だった。僕を見上げるその瞳は、どこまでも真っ直ぐで、尊敬に満ちていて。
「そう、か」
そうか、そうだよな。僕は、間違ってない。泣いているメアリーを庇った。当然の事をしただけだ。別にメアリーを選んだわけではない。
それに出勤停止なら、しばらく王宮に来ることはない。ミカエルと会うことはできないだろう。今のうちにリリアの家に行き、誤解を解けば良いだけだ。
僕の中で、今後の道筋がカタカタと音を立てて構築されていく。
ーーー冷静に考えれば、むしろこれで良かったのかもしれない。
組み替えた足が、水仙を揺らし花びらを散らす。
そう、僕は間違っていない。リリアは僕を愛している。それならば、些細なことなど後からどうにでもなる。
僕は1人、未来に思いを馳せる。
この時の僕は疑いもしなかった。そんな都合のいい未来が、本当に待っているのだと。
お読みいただきありがとうございます!
✨ブクマとリアクションの合計数で番外編公開!✨
合計20→断罪執行前日 リリアとデービット
「僕はただ……お前に、愛して欲しかったんだ……」
彼の言葉は、リリアを繋ぎ止められるのかーーー
次回予告→ 何故か手紙の返事すら寄越さないリリア。痺れを切らしたデービットは、リリアの屋敷へと赴いたーーー




