奪われる恐怖を、僕はこの時初めて知った デービット視点
「悪かった。僕が好きなのはお前だけだ」
その一言を放つのが、こんなに難しいなんて思わなかった。
お前の愛と僕のちっぽけなプライドを天秤にかけ続けた。だが、いつまで経っても、僕はお前を選べないままで。それでもお前は、ずっと待っていてくれると思ってたんだ。
その幻想が砕かれた時、僕はようやく己の愚かさを悟った。
ーーー
リリアに最後に会ってから、はや1ヶ月。こんなに話さなかったのは、婚約してから初めてかもしれない。
すっかり冷たくなった風を全身に受けながら、僕は今日も宗教省の入口へと足を運ぶ。しばらくうろついて、時にはメアリーと話をして。でも結局、肝心のリリアには会えなくて。そんな日々を、ただただ繰り返す。
僕は、何をしているんだろう。リリアに謝って、また僕だけを見てもらおうと決めたのに。彼女との距離は、広がっていくばかりだった。
せめてあの時の髪飾りでもあれば、話しやすかったのかもしれない。
そんな言い訳が頭をよぎる。
「今日も来ていたんですね、殿下」
いつもならここにいないはずの、低い声。普段と違うその異物に、僕はすぐさま視線を移す。
「ミカエル……何の用だ」
どこか厳しい目つきで、僕を見下ろす緑色の瞳。その瞳を見るたびに、庭園でのあの光景が脳裏に浮かび上がる。
まさか、リリアに会いに来ているのか?
僕が踏み出せなかったこの時間で、もしミカエルがリリアと懇意になっていたら。そう考えるだけで、さぁっと頭が冷たくなる。
もしかしてあの庭園で、本当に2人は……
一度は否定された疑念が、再び僕の中でぐるぐると黒く渦巻き始める。
「殿下に、渡すものがあるんですよ」
「……僕に?」
想定外の回答に、眉を顰めた。
ミカエルは白いクロスに包まれた"何か"を、僕に向けておもむろに差し出す。
一体、何なんだ……?
訝しむような視線を向けながら、手渡されたそれを丁寧に開いた。
「これは……」
出てきたのは、黒いエナメル塗りの小さな木箱。あの日僕が渡せなかった髪飾りが入ったそれを、僕はぎゅっと握りしめる。
「それを落としたのは、殿下ですよね? ……念の為言っておきますが、俺は寝ている女性に口付けるような趣味はありませんよ」
もう二度と戻ってこないと思っていたそれを、ハンカチに包み直して胸に抱いた。
「……回収、ご苦労だった。あくまで捨てたものだがな」
「はあ……そうですか」
どこか呆れた様子で、ミカエルはこちらを見る。相変わらず、生意気なやつだ。
しかし……これがあれば、リリアと話すきっかけになるかもしれない。これを渡して、また、リリアとーーー
「殿下……いつまで、リリアを不安にさせるつもりですか?」
「……何が言いたい」
僕の想像はミカエルの声に遮られる。つくづく、邪魔な男だ。
「俺の所属する近衛兵団まで、殿下がメアリーと懇意にしているという噂が届いてるんですよ。リリアをほっぽいて、ね」
「ふん……別に、どうしようが僕の自由だろう」
良い返しが思い浮かばず、逃げるように視線を逸らす。確かに側から見れば不誠実に見えるかもしれない。しかし、僕には僕なりの考えがあるんだ。
ミカエルは長く息を吐いてから、一歩こちらへと近づいてくる。
「確かに、それは殿下の自由かもしれません。ですが……俺はもう、迷わない。殿下がどちらも選べないというならーーー俺が、リリアを貰う」
「え……?」
リリアを、もらう?
先ほどよりも低い音、強い語気。本気であることが滲み出るその声に、僕は思わず息を呑む。
「な……なにをっ……リリアは、僕の婚約者でっ……!」
声が上擦り、微かに震える。口の中が、乾いて仕方がなかった。
「その婚約者を無下にしたのはあんたでしょう、殿下。……俺はリリアが幸せなら、隣にいられなくてもいいと持ってた。だがーーーあんたが変わらないのなら、俺があいつを奪う。この手で、幸せにしてみせる」
「っ……!」
リリアは、僕のものだと決まっている。10年前から、ずっとそうだった。なのに、何で今更そんなことを……!
言いたいことが喉の奥までせり上がってくる。それなのに乾いた喉がくっついて、なにも言葉が出てこない。
「話はそれだけです。失礼します」
それだけ言い残し、ミカエルは去っていく。僕はついぞ一言も発せず、その背中を見送ることしかできなかった。
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✨ブクマとリアクションの合計数で番外編公開!✨
合計20→断罪執行前日 リリアとデービット
「僕はただ……お前に、愛して欲しかったんだ……」
彼の言葉は、リリアを繋ぎ止められるのかーーー
次回予告→メアリーの髪飾りを壊したリリア、それをみたデービットの行動はーーー




