禁断の果実は、甘くて苦かった メアリー視点
「私はそれでも、貴方を諦めきれないのです」
貴方の視線が、愛が欲しくて……私は、禁断の果実に手を伸ばした。それがーーー歯車を狂わせる最後の一手になると、本当は気がついていたはずなのに。
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お昼時、静かな王宮の中庭。デービット様に会うことができる、特別な場所。
今日は、遊びに来てくださるかしら。
そわそわと落ち着きなく足を揺らし、キョロキョロと視線を彷徨わせる。
「誰かと待ち合わせか? 相変わらずわかりやすいな」
「デ、デービット様……!」
背後から聞こえた声に、身を震わせてからぐるりと振り向く。
「珍しいですね、こちら側からいらっしゃるなんて」
いつもは執務室からくるのに、今日はどうしたんだろう。
「公務で街を視察してきたんだ。堅苦しい振る舞いは、何度やっても疲れるな」
デービット様は、私の隣にゆっくりと腰掛けた。
言われてみれば確かに、今日の服装はいつもより格式高い気がした。見慣れない格好に、思わず鼓動が高鳴る。
「お疲れ様です。……何か、収穫はありましたか?」
「街自体はいつもと変わりなかったが……いいものを見つけられた」
どこか得意げな顔で、右肩に掛かったショルダーマントの内ポケットから包みを出すデービット様。
「メアリーに似合うと思ってな」
デービット様の手の中で、可愛らしいパステルイエローの薔薇の髪飾りが、キラキラと輝いていた。
「すごくきれい……」
滑らかな陶器の肌に、私の視線が吸い寄せられる。
私のためにこんな美しいものを買ってきてくれたことも、私の事を考えて選んでくれたことも、全てが嬉しくて。
髪飾りに手を伸ばしーーーその冷たさに触れた途端、ふと懸念がよぎる。
「……リリア様がいるのに、良いのですか?」
婚約者がいる男性が、他の女性にプレゼントを贈る。……その行為の意味は、貴族社会に疎い私でも理解できた。
「大丈夫だ。きちんとリリアの分も用意してある」
当然だろうと言わんばかりに、澱みなくそう告げるデービット様。
ーーー私だけじゃ、ないんだ。
僅かに抱いた希望が、急速に萎んでいく。ほっとしているはずなのに、何故か喜ぶことができなかった。
「安心して受け取るといい。……僕は、そこまで浅慮な男じゃない」
どこか不貞腐れたようなその声が、私の頭上へと移動する。見上げたその先にあったのは、夜明け前の空のような美しい紫色の瞳。
「お前は不器用だからな。つけてやろう」
細く長い指が、私の髪を撫でる。心臓の音が聞こえるのではないかと思うぐらい、鼓動がうるさくて。距離が、近くて。
「……やはり、僕の見立て通りだな。メアリーの深い青の髪には、この色が似合う」
長いまつ毛に縁取られた目が、すっとほそめられる。
触れられていた部分に残る熱が、急速に冷めていく。それが、どうしようもなく……寂しくて。
ーーーもっと、欲しい。
デービット様の手が、その眼差しが、欲しい。
「メアリー……?」
気がつけば私は、デービット様の手をとっていた。
「その……もう少しだけ、甘えさせて欲しくて……」
蚊の鳴くような声が、喉を震わせる。頰が、熱くて仕方なかった。
デービット様は一瞬息をのんでから、微かに口角をあげる。
「メアリーは素直で可愛いな」
再び髪を撫でる、優しい手つき。触れられたところが、温かくて心地いい。
あぁ、このままずっと、貴方に触れてもらえたなら。
この髪に、頬に……唇に。貴方の熱を、感じられたなら。
許されない欲望が、ゆっくりと自我を持って燻り出す。もくもくと煙をあげ、広がり、私の心を占めていく。
『愛とは、作り上げるもの。そこに遅い早いは存在しない』
そんな都合のいいセリフが、頭の中にぼんやりと浮かんだ。
理性が欲望と混ざり、輪郭が徐々にぼやけていく。
ーーーこの時の私はまだ、自分が『聖女』だと信じていた。禁断の果実に魅せられたものが、楽園にいられるわけもないのに。
お読みいただきありがとうございます!
『次回予告』庭園で寝ているリリアを見つけたミカエルその口から聞こえたのは、かつての自分を呼ぶ声でーーー
✨ブクマとリアクションの合計数で番外編公開!✨
合計10→断罪前日 リリアとミカエル
「最後に、お前を救えたら」
彼の手が、リリアに届く日は来るのかーーー




