守れなかった弱者の話 ミカエル視点
「そんな顔するぐらいなら、俺のものになれ。俺が、お前を幸せにしてやる」
そう言えるほどの勇気があれば、どれだけ良かったか。もし俺が強ければーーーお前を、守ることができたんだろうか。
ーーー
体を撫でる空気が、だんだんと暖かくなってきた昼前。
白い漆喰の廊下を抜けた先。両開きの扉をくぐると広がる、広い空間。忙しなく人が行き交うそこで、周囲を見渡し兄貴を探す。
呼び出しておいて約束の時間にいないのかよ、あいつ。
「ごきげんよう、ミカエル様。ラファエル様なら会議中ですわ。しばらくは手が空かないと」
背中からかけられた落ち着いた声色。くるりと振り向くと、視界に入る品のある微笑みと理知的な赤の瞳。
それだけで俺の心臓は簡単に早鐘を打つ。
「兄貴が忙しいのはいつものことだし、かまわねぇよ。……なあ、リリア。その話し方なんとかならないのか? 昔みたいにミカって呼べとまではいわねぇけどさ」
何度聞いても慣れない、堅苦しい言葉遣い。もしそれが昔のように親しげなものに変わったら、この関係性もまた変わるかもしれない。
そんな期待が、胸のどこかで淡く光る。
「もう、子供の頃とは違いますもの。……今の私には、将来を誓い合った方がおりますから」
目を伏せて微笑むリリア。それだけで、微かな光はふっと消え失せた。
「……デービットとは、うまくやってるのか?」
口にも出したくない忌々しい名前。それを聞いた瞬間に、リリアの顔がパァッと明るくなる。それが一層嫌悪感を増幅させた。
……そんなに、あいつが好きかよ
「えぇ。今日もバラが綺麗だからお茶でもどうかと誘われましたの。私がバラが好きだといったのを、覚えてくれていて。私は殿下のお顔が見られればそれだけで幸せですのに」
「……そうか。仲良くやってんなら、まあ、いい」
心にもないそのセリフを口に出すのは、もう何度目だろう。
「えぇ。あんなに可愛らしくてお優しい方、中々いらっしゃいませんもの」
眉をひそめて奥歯を噛み締める俺と、緩んだ表情でくすくすと笑うリリア。
彼女にはもうこの手は届かないんだと、誰かに嘲笑われているような気がした。
「……あら、もうこんな時間。メアリーさんのところへ行かないと」
リリアは大扉の近くにある時計を見て目を丸くする。
思ったよりも時間が経っていたらしい。
「メアリー? 例の聖女か?」
「えぇ。私が教育担当ですの。やる気があって真面目ないい子ですのよ」
「へぇ、まさに聖女様って感じだな」
俺には関係ない話だ。……リリアに仕事を教えてもらえる立場というのは、羨ましいけれど。
「会えばきっと、ミカエル様も気に入りますわ。……では、失礼。」
俺の気持ちなど露知らず、明るい声でそう告げて去っていくリリア。その言葉に、思わずぴくりと肩を揺らす。
「……あぁ、またな」
『ミカエル様も気にいると思う』?
なんだよ、それ。
力が入った拳が、小刻みに揺れる。
お前が笑いかけてくれれば、俺は、それだけで……。
去り行くリリアの背中を、ただひたすらに熱のこもった目で見つめる。もしもあの手を取って、振り向かせることができたなら。そしてあの髪に、頬に、触れることができたならーーー
……いや、やめろ。そんなこと考えるな。
軽く頭を振って、息を吐く。
我ながら見苦しい。あいつが婚約した10年前から、俺はずっと抜け出せない。諦めることも、前に進むこともできない。
リリアが幸せならいい。……それで、いいんだ。
だから俺は今日も、この思いを誤魔化し続ける。
いつの日か、何かが変わる事を漠然と願いながら。
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