謎解き日本むかし話
「ここに、こうしてみなさんに集まっていただいたのは、ウサギさんたちの依頼により、みなさんが関わった事件の真相を解明するためです。みなさんの証言をもとに、わたし写六が、謎を解き明かしたいと思います」
写六少年が演壇から、うやうやしく宣言した。
ここは、森の集会所。ウサギ、カメ、サメ、タヌキ、おじいさん、おばあさんといったむかし話の登場人物たちが、それぞれの話に別れて丸太のベンチにすわっている。
「ではまず、カメさんと駆け比べをしたウサギさん、証言をお願いします」
写六に指名されたウサギが演壇に上がって話しはじめた。
「カメとの駆け比べに負けたわたしは、仲間から負けウサギとののしられ、恥さらしだと、村を追い出されてしまいました。ですが、わたしはカメなんかに負けるわけはないのです」
「では、なぜ負けたのですか」
「そっ、それは。途中で眠ってしまったから…」
「競走の途中なのに、どうして眠ってしまったのですか」
「わたしの方が、かなり前を走っていたので、油断したということもありますが、あの時、急に眠くなって…。目を覚ましたときにはカメは、とっくにゴールしていました。どうしてあのとき眠ってしまったのか、わたし自身にもよく分からないのです。ですからこうして、写六さんにわたしが負けた理由を明らかにしてほしいのです」
「わかりました。少し話題を変えましょう。そもそも、あなたとカメさんは、なぜ駆け比べをすることになったのですか」
「カメに駆け比べを挑まれたからです」
「では、カメさんにおたずねします。あなたはなぜ、ウサギさんに駆け比べを挑んだのですか」
カメが立ち上がって写六の質問に答えた。「足が遅いと、ウサギにばかにされたんですよ。だからくやしくて、駆け比べで勝って、見返してやりたいと思ったんです」
「しかし、あなたとウサギさんとでは、どう考えてもあなたに勝ち目はないでしょう。それなのになぜ、そんな無茶な勝負を挑んだのですか」
「そういえば、変ですね。だれかに言われたような…。」
カメは、しばらく考えこんでいるようだった。
「そうだ!思い出した。ウサギにばかにされて腹を立てているとき、キツネさんがやってきて、ぼくに怒っているわけをたずねたんです。ぼくが事情を話すと、向こうに見える山まで駆け比べをして、勝って見返してやればいいと言われました。
ぼくはそのとき、負けるに決まってるって言ったんですが、勝負は時の運、やってみなくちゃ分からない。と励まされて、がぜんやる気が出てきたんです」
「ほう、キツネさんが…」
「ちょっと待ってください。さっきから聞いていると、わたしが一方的に悪いように言われていますが、わたしは、カメをばかにしたことなんてありませんよ」
ウサギはかなり立腹しているようだ。
「わたしは、カメが、ウサギなんかよりはやく走れる。駆け比べをして、それを証明してやる。と言いふらしていると聞いてむかついたので、カメを負かして高慢ちきな鼻っ柱をへし折ってやろう思ったんです」
「えっ、なにかの間違いでしょう。ぼくはそんなこと、言ったことなんてありませんよ」
カメは不思議そうに首をかしげた。
「ウサギさん、あなたは誰からその話を聞いたのですか」
「ウサギだったと思いますが…。どこの何者だったか分かりません」
「記憶にないということですか」
「いえ、そういうことではないんです。ここらでは見かけたことのないウサギでしたから分からないんです」
「そういうことか…」
写六は何か考えがひらめいたようだ。
「カメさんは、ウサギさんにバカにされ腹をたて、ウサギさんは、カメさんに悪口を言いふらされて腹をたてた。ですが、そのことに関して、二人とも身に覚えがない。
ですが結果として、駆け比べで決着をつけることになった。ということですね」
「はい」
二人とも意外な事実が明らかになって、とまどっているようだ。
「油断したとはいえ、駆け比べの途中でウサギさんが眠ってしまったというのも不可解ですね」
写六は、ゆっくりと客席を見回して、ウサギにたずねた。
「駆け比べをしている時、何か変わったことはありませんでしたか。特に何かを飲み食いしたとか」
「途中に茶店があって…。その日に店開きしたということで、店先に『お茶一杯無料』というのぼりが立っていました。ちょうどのどがかわいていたので、お茶をごちそうになりました」
「ウサギさんから事前にこの話をうかがっていたわたしは、先日、茶店があったという場所に行ってみました。ですが、そこは雑草におおわれた荒れ地で、建物があった形跡など、どこにもありませんでした」
「わたしが、うそをついているとでも」
ウサギが強い口調で言った。
「いいえ。そんなことは思ってもいませんよ。わたしが言いたいのは、ウサギさんの邪魔をした何者かがいた、ということです」
「何者とは?」
「まだ、はっきりと申し上げることはできませんが、おそらく、ウサギさんとカメさんが駆け比べするように仕組んだのも、その何者かの仕業だと思います。それを明らかにするために、因幡の白ウサギさんの話をうかがいたいと思います。因幡の白ウサギさんよろしいですか」
因幡の白ウサギが立ち上がり、演壇に進み出て来た。一同の視線が白ウサギに向けられた。
「ぼくは、島から向こう岸へ行きたいと思いました。でも、ぼくは泳げないから、海を渡ることはできません。そこで、サメを浮き橋の代わりにして渡ろうとしました」
「サメさんをだまして向こう岸に渡ろうとしたんですね」
「そうです。ぼくたちウサギとサメ、どっちの数が多いか比べっこしようと言うと、まんまとだまされたサメは、仲間を呼んで一列に並びました。ぼくは、数を数えるふりをしながら、サメの背を飛んで、向こう岸に渡っていきました。でも、もう一歩というところでサメにばれてしまい、おこったサメに毛皮をはがされてしまったのです」
「まず、確かめておきたいのですが、あなたは、どうして向こう岸へわたろうと思ったのですか」
「向こう岸には、ほっぺたが落ちるくらいおいしいニンジンがいっぱいあるって、キツネさんに聞いたんです。それでぼく、どうしても食べたくなって…」
「海をわたる方法は、あなたが思いついたのですか」
「いいえ。そのとき、ぼくは泳げないから、海を渡れないよって言ったんです。そうしたら、海を渡るいい方法があるよって、キツネさんが教えてくれました」
「それが、サメさんをだますことだったのですね。サメさんにあなたのうそが気づかれたのは、なぜですか」
「あと一歩で岸に着く所まで来たとき、どこからともなく声がしたんです」
「声が…。その声は、なんと言ったのですか」
「ぼくの声をまねて、しめしめ、まぬけなサメをだまして海を渡ることができたぞ、と言いました。ぼくは、唖然として一瞬固まってしまいました」
「その声の主が、誰だったか、分かりますか」
「いいえ、まったく見当がつきません」
「サメさんもその声を聞いて、自分たちがだまされたと気づいたのですね」
写六が、サメたちの方に向かってたずねると、リーダーらしきサメが立ち上がって答えた。
「その通りです。だまされたと知って、かっとなって、ウサギの皮をはいでやりました。今では少しやりすぎたと反省しています」
「サメさんをだましたぼくも悪いんです。正直に事情を話して、向こう岸まで渡してもらえるように頼めばよかったと後悔しています」
「なるほど…。だんだん事件の真相が見えてきました。
最後に、かちかち山の関係者の方々から話をうかがいたいと思います。先のお二人とは事情が違って、かちかち山のウサギさん自身は何の被害も被っていません。ですが、事件の謎を解く重要な手がかりとなりますので、かちかち山の関係者の方々にもおいでいただきました。それでは、かちかち山のウサギさん、証言をお願いします」
かちかち山のウサギが演壇に立って話しはじめた。
「おじいさんは、とてもやさしくて、わたしは日頃からおじいさんと懇意にしていました。 タヌキは、おじいさんが丹誠込めて育てた作物を荒らしたり、仕事の邪魔をしたりして、おじいさんを困らせていました。あげくのはてには、おばあさんに大けがを負わせたのです。
おじいさんからその話を聞いたわたしは、おじいさんの悔しい気持ちが痛いほど分かり、タヌキが許せませんでした。そこでわたしは、おじいさん、おばあさんに代わってタヌキをこらしめたのです」
「では、タヌキさんにうかがいます」
タヌキが立ち上がった。
「あなたは、どうして、おじいさん夫婦に悪さをしたのですか」
「人間が山を切り開いて田畑にしようとしている。そうなると、ぼくたちの住む場所も食べ物もなくなってしまうかもしれないと聞いて…。それで、人間をこの山から追い出そうということになって…。おじいさん、おばあさんにいたずらをしました」
「誰がそんなことを言ったのですか」
「キツネさんです」
「なるほど、そういうことでしたか。しかし、いたずらにしては、度が過ぎましたね。おばあさんに大けがを負わせたのですから」
「そんな!それは、ぼくには身に覚えのないこと。確かに、写六さんの言うとおり、いたずらが過ぎたぼくは、おじいさんにつかまえられて、柱に縛りつけられました。
どうにかして逃げ出そうと考えていると、都合よくおじいさんが出かけて、ぼくとおばあさんの二人っきりになりました。
そこで、二度と悪さはしません、許してくださいと泣きながら、あやまるふりをしました。そんなぼくの芝居に、まんまとだまされたおばあさんは、縄を解いてくれました。
そして、手伝いをするふりをして、おばあさんが油断したすきに逃げ出したんです。
だから、おばあさんが大けがをしたって、後から聞いてびっくりしたんですよ」
「変ですねえ…」
そう言って、写六は首をひねった。
「何が、変なのですか」
「わたしが聞いた話では、おばあさんをだまして、縄を解かせたあなたは、おばあさんを突き飛ばして逃げたということでしたが」
「誰が、そんなでたらめを言っているんですか」
タヌキは、腹だたしげに言った。
「おばあさん本人です」
「えっ!」
目を丸くして驚くタヌキ。
「ぼくは、おばあさんを突き飛ばしてはいません」
「そうですか…」
少し間をおいて、写六が言った。
「タヌキさんとおばあさん、両方の証言が食い違っています。なにぶんこの件に関して、目撃者がいないので、どちらの言い分を信じたらいいのか…。
そこで、公平をきするために、おばあさんからも事情をうかがいたいと思います。おばあさんには、まだ完全に腰のけがが治っていないところ、ご無理をお願いしておいでいただきました」
おじいさんに支えられて、おばあさんがいすから立ち上がった。
「その場でかまいませんから、おばあさん、証言をお願いします」
おばあさんが、証言をはじめた。
「わたしら夫婦は、そこのタヌキの悪さに、ほとほと困っておりましたんじゃ。やっとのことで、じいさまが、ずるがしこいタヌキをつかまえたんですが、わたしが、だまされて縄を解いてやったばっかりに、タヌキに突き飛ばされ、土間に腰をしこたま打ちつけて、こんな不自由な身になってしまいましたんじゃ。返す返すも恨めしい。うっ、ううう」
おばあさんは、その場に泣きくずれた。写六には、その様子が、少し大げさなように感じられた。
「ありがとうございました、おばあさん。ご着席ください」
「どうです、タヌキさん。何か言い訳はありますか」
写六がタヌキにたずねた。
「本当にぼくは、おばあさんを突き飛ばしていません。信じてください」
「そう言われましても。人をだますのが得意なタヌキさんと、被害者のおばあさんとでは、どちらの話が信用できるでしょうか?」
「そっ、それは」
言葉につまったタヌキは、うつむいて黙り込んでしまった。
「だまされたのは、ぼくの方です。ウサギにだまされ、やけどさせられたり、池でおぼれさせられたり。ぼくの方が被害者ですよ」
いきなりタヌキが声をあららげた。苦しい立場に立たされたタヌキは話題を変えて、自分への疑いの目をそらそうとしているようだ。
これを聞いたウサギも黙ってはいない。
「人聞きの悪いことを言わないでください。わたしは、かわいそうなおじいさん、おばあさんに代わって、タヌキに仕返ししただけです。もとはといえば、タヌキが悪さをしたのがいけないんです」
早口でまくしたてた。
「まあまあ、ウサギさん落ち着いてください。ウサギさんは、親切心からお二人の無念を晴らす手助けをしたということですよね。ですから、ウサギさんのことを責めてはいませんよ。うーん、どうしたものか・・・」
写六はしばらくの間、何か考えているようだった。
「最後に、おじいさんの話をうかがいたいと思います。おじいさんよろしいですか」
「はい」
返事をして、いすから立ち上がったおじいさん。ゆっくりとした足どりで、演壇に上がった。
「おじいさんは、おばあさんといつからいっしょに住んでいるのですか」
写六がたずねた。
「二十数年前からですじゃ」
「その間、ずっと二人ごいっしょでしたか」
「はい」
「本当に?」
写六の質問の意図が分からなくて、おじいさんは不思議そうな顔をした。
「一年前に数日間、おばあさんの行方が分からなくなったことがありましたね」
「ああ、そういえば、ばあさまが神隠しにおうて、三日ほどおらんかったことがありましたな。村中総出で捜しておったら、四日目の朝方ひょっこり戻ってきましたんじゃ。それが何か?」
「その三日間、おばあさんがどこで、何をしていたか、ご存じですか」
「いやあ、ご存じもなにも、ばあさまは、そんときの記憶をなくしちまってて、なにも覚えてないんですわ」
「神隠しにあう前と後で、おばあさんの様子に変わったことはありませんでしたか。どんな些細なことでもかまいません。気づいたことがあれば、おっしゃってください」
おじいさんは、しばらく腕組みをして考えていた。
「そういえば、物忘れがひどうなって、家の中の物でも、どこに、何があるか分からんようになりましたなあ。
それに、火を怖がるようになりまして。料理の手ぎわが悪うなって、包丁の扱いも危なっかしくて見ていられんようになりました。それからというもの家事は、わしがやるようになりましたんじゃ」
「つまり、それまでのおばあさんとは、まるで別人のように感じたということですか」
「いいやあ。それほどとは言いませんが、以前のばあさまとは、どこか違ったように感じたのは確かですじゃ」
「ありがとうございました。どうぞ席におもどりください」
おじいさんが席に着くのをまって、写六が話しはじめた。
「こうして、みなさんから話をうかがって、すべての謎が解けました」
写六は、もったいをつけるように、少し間をおいて話を続けた。
「これから、わたしが推理した事件の真相を聞いていただきたいと思います」
みんな、かたずをのんで写六の次の言葉を待った。
「みなさんは、お気づきでしょうか。先ほど話をうかがっているとき、何度かキツネさんの名が出たことに。すべての事件の謎を解く鍵は、キツネさんにあるのです。
ウサギさんとカメさんが駆け比べをした話では、キツネさんは、ウサギさんや仲間のウサギに化けて、カメさんの足が遅いとばかにしたり、カメさんが悪口を言いふらしているとウサギさんにつげ口したりして、言葉たくみにお二人が競走するようにしむけました。
ウサギさんに眠り薬を飲ませたのも、茶店の主人に化けたキツネさんのしわざに他ならないでしょう。
次に、因幡の白ウサギさんの話ですが。サメさんをだまして向こう岸へ渡るよう、白ウサギさんをそそのかしたのは、キツネさんです。また、ウサギさんが岸に着く手前で、ウサギさんの声色を使ってうそをあばいたのも、おそらくキツネさんでしょう」
ここまで、一気にしゃべった写六はひと呼吸おいて、ゆっくりと客席を見渡した。
「えー」
「なんだって」
「そうだったのか」
写六の言葉に会場がざわついた。
「最後に!」
騒然となった会場に、写六のひときわ大きな声が響いた。場内は水を打ったように静かになった。
「最後に、かちかち山のウサギさんが、おばあさんの敵討ちをした件について。先ほども言いましたように、ウサギさんは正義感から、おじいさん、おばあさんに代わってタヌキさんをこらしめたのですから、なんらとがめ立てすることはありません。
住みかがうばわれると言って、タヌキさんが、おじいさん、おばあさんにいたずらをするようそそのかしたのはキツネさんでしたが、実は、それだけではなかったのです。
ウサギさんがタヌキさんに仕返しをするきっかけをつくったのもキツネさんだったのです」
写六は客席の反応を確かめるように、少し間をおいて、ふたたび話を続けた。
「さて、これまで話を聞いてくださったみなさんの中には、すべての話に深く関わっているにもかかわらず、この場にキツネさんがいないことに不審を抱いている方がいらっしゃるかもしれません。ですが、キツネさんは、すでにここにいるのです」
みんなきょろきょろとあたりを見回して、キツネを捜したが、どこにもキツネの姿はない。
写六は、客席の方へつかつかと歩いていった。みんなの視線が写六を追う。
写六は、カチカチ山のウサギたちの前で立ち止まった。
「そろそろ正体を現したらどうですか、キツネさん」
いきなり写六にそう言われたカチカチ山の登場人物たち。訳が分からないといった様子で、互いに顔を見合わせるばかり。
「他の者はだませても、わたしの目はごまかされませんよ」
写六は、おばあさんの前に立ち、鋭い視線を向けた。しばらく、二人のにらみ合いが続いた。
「ほっほっほっ。写六さん、冗談はよしてくだされ」
張りつめた空気にたまりかねて、おばあさんが言った。
「そうやって猫をかぶって、まだへたな芝居を続けるつもりですか」
「なっ、何をおっしゃいますやら。わたしには、まったく身に覚えのないことですじゃ」
「そうですか。あくまでも白を切るというのなら…。しかたありませんね。わたしが、あなたの化けの皮をはがしてあげましょう」
写六は、ゆっくりと演壇にもどっていった。
「わたしが注目したのは、以下の二つの謎。
一つは、タヌキさんとおばあさんの証言が食い違っていたこと。もう一つは、神隠しにあった後、おばあさんの様子が変わてしまったこと。このことから、わたしは一つの結論にいたりました。それは…」
「それは…」
写六の言葉をうながすように、客席からも声があがった。
「それは、おばあさんが、キツネさんだったということです」
「どっ、どういうことですかのう?ばあさんは、ばあさんですじゃ…」
思いもよらない写六の言葉に、おじいさんは、ひどくうろたえている。
その横で、おばあさんは顔色ひとつ変えず写六を見ている。
「つまり、神隠しから戻ったおばあさんは、本物のおばあさんではなく、おばあさんに化けたキツネさんだった。だから、家の中の様子が分からなかった。それに、野生の動物であるキツネさんが火を怖がるのももっともな話です。
さらに、タヌキさんに突き飛ばされたとうそをつき、大けがをしたふりをした。
こう考えれば、おばあさんの様子が変わってしまったことと、おばあさんとタヌキさんの証言が違っていたことの説明がつきます。
ウサギさんに簡単にだまされる、人(動物)のいいタヌキさんですから、キツネさんにだまされたのもしかたないことです」
おじいさんは、きつねにつままれたような顔で、ただおろおろするばかり。
「どうです、キツネさん。わたしの推理に異論はありますか!」
写六は、おばあさんをきっとにらみつけた。
「・・・」
おばあさんは、写六の厳しい口調にたじたじとなり、くやしそうな表情で返す言葉もなかった。
写六に悪だくみの数々と正体を見破られ、これ以上だまし通せないと観念したのか、おばあさんの顔が、みるみるキツネに変わっていった。
「けっけっけっ、おいらの正体をよく見破ったな。ばれちゃーしようがない」
そうつぶやくとキツネは、一目散に逃げ出した。
あまりに突然のことで、会場のみんなは、キツネが消えた森をただ呆然と見つめるばかり。
「すべての謎は解けました。これで、ウサギさんたちと、それからタヌキさんの名誉も回復されるのではないでしょうか。これにて一件落着です」
写六が、高らかに宣言した。
「これに懲りて、キツネさん。しばらくは、住みかでおとなしくしているだろう。この先ずっと、悪い了見を起こさないでくれるといいんだけど…」
小声でつぶやくと写六は、ざわつく会場をあとにした。
その後、改めておばあさんの捜索が行われた。その結果、おばあさんの失踪に、キツネは無関係だと分かった。
しかし、写六の知恵をもってしても、おばあさんの消息をつかむことはできなかった。
おばあさんは忽然と姿を消してしまったのだ。まるで、別の世界に迷い込んでしまったかのように…。