第九十三話 ひとつぶの星、拾った日
空から、星が落ちた――
そう言ったのは、町外れの路地で出会った、ひとりの少女だった。
その日は、梅雨明け間近の蒸し暑い日だった。
灯守は、坂道の先にある廃屋のそばを通りかかった。
その時、ふいに視界の端で光が瞬いた。
振り返ると、そこにひとつのビー玉が転がっていた。
透明な球体の奥に、小さな光点。
それは、昼間にもかかわらず、かすかに瞬いていた。
「それ、私の星」
声をかけてきたのは、ボサボサの髪に麦わら帽子をかぶった少女だった。
手には古びたノート、肩からはほころびた鞄を下げていた。
「ねえ、見なかった? もうひとつ、落ちたはずなの」
話を聞けば、少女は“空から星が降る瞬間”を見ていたという。
「昨日の夜中、裏山でね、空が震えて、ひとつだけ、ぴゅーって落ちてきたの」
「それが、ビー玉みたいになって、ころころ転がって……気づいたら、いなくなってた」
そう言って彼女は、ビー玉を両手で包み込むように受け取った。
その瞬間――
ビー玉が、小さく鳴った。
まるで風鈴の音のように、澄んだ音。
灯守は彼女の話が虚構とは思わなかった。
なぜなら、その音が、確かに耳ではなく胸に響いたからだ。
少女は言った。
「この星、夜になると、喋るの」
「聞こえない人には、ただの光。でも、ちゃんと探してた人には、ちゃんと“声”が届くの」
灯守は夜、少女とともに裏山へ向かった。
木々の隙間からのぞく星空。
その一角に、ぽっかりと空白があった。
少女は指差した。
「あそこ。ほんとは、ひとつあったんだよ。
でも、落ちてきたから、空がちょっと寂しくなっちゃった」
彼女は鞄から、小さなノートを取り出した。
中には、日付と空のスケッチ、星の位置、
そして短い“星のことば”が並んでいた。
《きょうは すこしだけ ないた》
《だれかに あいされたかった》
《こころが すこし あったかくなった》
「これ、星が喋った言葉。たぶんね、本当は誰かの気持ちなんだと思う」
「たとえば、ずっと我慢してた人の、ほんとの気持ちとか……そういうのが、
星になって落ちてくるんだと思う」
灯守は黙って頷いた。
そしてふと思った。
この少女も、きっと何かを“抱えている”のだと。
翌朝、少女は姿を消していた。
残されていたのは、ノートとビー玉。
ノートの最後のページには、こう書かれていた。
《この星は、さがしてた人のもとに ちゃんと届く》
《だから わたしは 次の星を さがしにいく》
ビー玉は、夜になると今も、かすかに光る。
その光に耳をすませば、こんな言葉が聴こえた。
《ありがとう。やっと たどりつけたよ》
《ここは やさしいひかりが のこってる》
灯守は旅帳にこう記した。
「星は、誰かの想いがこぼれたものかもしれない。
そして、それを拾った誰かの手によって、また誰かの希望になる。
夜空に戻れなくても、地上で光る星があっても、いいのだ」
(第93話・了)
あとがき
星を拾ったことがありますか?
それが空から落ちたのか、心からこぼれたのか。
真実はわからなくても、誰かの手で守られるその光が、確かに意味を持つ瞬間があります。
この物語が、誰かの記憶にそっと寄り添うような一編でありますように。
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次回も、灯の下でお会いできますように――。




