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第七話 忘れ傘

 雨の午後だった。


 街の裏通り、小さな書店の軒先に、一本の傘が置かれていた。


 色褪せた青いビニール傘。骨の部分は少し曲がり、柄の先に赤いリボンが巻きつけられている。


 灯守ともりは、その傘に視線を向けた。


 見覚えはない。けれど――何かが、引っかかった。


 そこに“気配”があった。


 人ではない、何かの気配。微かに残る湿った香りと、ひとつの“声”。


 傘の奥から、小さな囁きが聞こえた。


 ――「ここだよ」


 それは、忘れ物に宿った“声”だった。


 人が長く使い、そして“忘れてしまった”ものには、時として“情”が宿る。


 使われていた記憶と、捨てられた痛みが交じり合い、やがて名のない何かを生み出す。


 それが“傘の妖”だった。


「やあ、見える人だ」


 灯守が軒先にしゃがみ込むと、傘がふるふると揺れた。


 その内側から、細い手足と顔を覗かせた“誰か”が現れる。


 顔は人間の少年に似ているが、耳は尖り、瞳は鈍く光っていた。


 全体が半透明で、傘そのものの気配を引き継いでいる。


「君は……誰の傘?」


「忘れられた子だよ。持ち主の顔も、名前も、もう覚えてない。でも、声だけは、覚えてる」


「どんな声?」


 傘の妖は、そっと目を閉じた。


「“また迎えにくるからね”って。……あの日、言ってた」


 灯守はそっと傘に手を触れた。冷たい。雨粒がまだ残っているような感触。


「ずっと、待ってたの?」


「うん。雨の日には、誰かがきっと見つけてくれるって思ってた」


「でも、見つけてもらえなかった」


「そう。ずっと、誰も来なかった」


 傘の妖は少し笑った。その笑みは、あまりに静かで、やさしくて、そして哀しかった。


 その夜、灯守は傘を自宅に持ち帰った。


 そして、図書館や交番、地域の落とし物記録を調べてまわった。


 数日後、一冊の古い新聞記事が目に留まった。


 十年前、近くの小学校で生徒が行方不明になったという。


 名前は「佐久間 美月」。


 最後に目撃されたのは、雨の日、書店の前だった。


 手には青いビニール傘。柄の先に、赤いリボンがついていた。


 灯守は、あの書店の前に再び傘を置いた。


 傘の妖が、そっと顔を出す。


「誰か……来ると思う?」


「たぶんね。来なくても、君のことは俺が知ってる。だから、もう、独りじゃない」


「それって、嬉しいような……ちょっと寂しいような」


 傘の妖は微笑んだ。


 風が吹いた。


 雨はやんで、空にひとすじの光が差す。


 その瞬間――傘の輪郭が、静かに消えていった。


 赤いリボンだけが、地面に残っていた。


 その日から、灯守の部屋の壁に、色とりどりのリボンが飾られている。


 それは、誰かに見捨てられ、けれど誰かに“見つけられたものたち”の証だった。


(第7話・了)

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次回も、灯の下でお会いできますように――。


必死にテンプレート登録してあとがき追加していたら間違えていました。

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