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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第八十話 眠らない小箱


 旧家の箪笥の奥から、夜ごと小さな子守唄が聞こえてくる。


 低く、ささやくように。

 風の音と間違えるほどに、やわらかく。


 音の出処を辿った老女は、

 桐の小箱に行き着いた。


 蓋には花の彫り細工。留め具は錆びて動かず、誰の指でも開かない。

 けれど、夜になると、確かに唄が漏れるのだ。


 灯守ともりがそれを見たとき、すでに箱は百年の眠りを越えていた。


 「夜が来るとね、唄うんです。赤ん坊もいないのに。

  眠れない夜は、あの音だけが寄り添ってくれるんですよ」


 老女は目を細めた。

 灯守は、小箱を手にとって耳を澄ます。


 ――ねんねんころりよ、遠の空。

  ねむれぬ子にも、灯の声……


 それは、母がわが子を想いながら、

 誰にも届かぬまま唄った“祈りの声”だった。


 きっと、その母は、子を抱くことが叶わなかった。

 あるいは、抱いた子を先に見送ったのかもしれない。


 開かずの小箱に、その声だけが残された。


 “誰にも聞かれなかった子守唄”が、百年の夜を漂っていたのだ。


 灯守は、老女にこう頼んだ。


 「今夜、この箱の前で、静かに灯をともしてください」

 「そして、こう囁いてあげてください。“もう、大丈夫”と」


 その夜、箱からは、唄ではなく――

 ひとつの安らかな吐息が聞こえたという。


 翌朝、錆びついていた留め具は自然に外れ、

 箱は静かに開いた。


 中には、よれた薄布に包まれた手紙。


 《いつか、あなたにこの唄が届きますように》


 灯守は旅帳にこう記した。


 「子守唄とは、子のためにあるだけでなく、

   親の孤独を慰める祈りでもあるのだ」


(第80話・了)



あとがき

眠れない夜というのは、どうしようもなく心細いものです。

特に、それが誰かを想う夜なら、なおさら。

この話は、届かなかった愛情が形を変えて、

ようやく誰かに寄り添えた瞬間を描きました。

ご感想をお寄せいただけると、とても励みになります。

もし気に入っていただけたら「応援」や「お気に入り登録」をよろしくお願いいたします。

次回も、灯の下でお会いできますように――。

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