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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第七十七話 空白のアルバム


 押入れの奥にあったアルバムは、

 ページをめくっても、何も写っていなかった。


 日付も、書き込みもない。

 それなのに、手に取った者は口々に言うのだ。


 「懐かしいねえ、この写真……」

 「このとき、確か雨が降ってたよね」


 灯守ともりがその話を聞いたのは、

 古びた民宿「こがねや」の女将からだった。


 「客間の箪笥から出てきたんですけどね、写真なんて何も写ってないのに、

  見た人みんなが“思い出”を話すんですよ」


 試しに、灯守も一枚のページを開いた。


 ふと――鼻先に風の匂いがよぎった。

 真夏の縁側、西瓜の種を遠くまで飛ばした記憶。


 けれど、それは灯守自身の記憶ではない。

 “誰かの懐かしさ”が、ページから溢れてくるのだった。


 民宿にはかつて、養護施設の子どもたちが一時避難していたという。

 災害で故郷をなくした子どもたちに、夏の思い出を――と。

 町の人々が協力し、何度も「夏休み」を作った。


 そのとき、写真は撮らなかった。

 「また戻ってくるとき、ちゃんと撮ろう」と言って、カメラをしまったまま――

 その日々は記録されなかった。


 「でもね、アルバムだけは作ったんですよ。

  写真を貼るつもりで、表紙に“2022年 夏”って印刷してね」


 女将は言った。


 そしてそのアルバムに、

 子どもたちの“残していった思い出”だけが、

 白紙のまま宿っていったのだろう。


 灯守は、アルバムの表紙を撫でた。


 ページにひとことだけ、文字を書いた。


 「たしかに、ここに在った夏」


 すると、その文字の周りだけ、

 ふわりと色づいたように、薄紅のにじみが浮かんだ。


 アルバムは再び箪笥に戻された。

 けれど、民宿に泊まった旅人が、ふとした拍子に開くたび――

 どこかの誰かの思い出が、そっと蘇る。


 灯守は旅帳にこう記した。


 「記憶に残らなかった日々ほど、

   誰かの心には深く刻まれている」


(第77話・了)

あとがき

“記録されない記憶”が、誰かの心にだけ残り続ける。

そんなことが、きっとあるのだと思います。

目には見えなくても、名前が残らなくても――

確かに、そこにあった時間を信じたいと思い、この話を書きました。

ご感想をお寄せいただけると、とても励みになります。

もし気に入っていただけたら「応援」や「お気に入り登録」をよろしくお願いいたします。

次回も、灯の下でお会いできますように――。

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