第七十四話 消えた影法師
その町では、夕暮れ時になると、影が消えるという。
特に、子どもたちの影が――。
最初は足元が薄れ、次第に全身の輪郭が曖昧になって、
ついには、どこにも影を落とさなくなる。
灯守がその話を聞いたのは、古い小学校の保健室だった。
「声も出さず、じっと日が沈むのを見てる子がいるんです」
養護教諭は、目を伏せて言った。
影が消えた子どもたちは、誰とも話さず、
泣きもせず、笑いもせず――ただ、夕日を見つめていた。
灯守は、影が最後に消えた場所を辿った。
それは、古びた公園の滑り台の下。
子どもが集まる場所なのに、なぜか一歩入ると静寂だけが満ちる。
その夜、灯守は夢を見る。
“影だけの世界”に、たったひとり立つ少年。
声は出ない。けれど、口がかすかに動いていた。
――「ぼくは、ここにいるよ」
その言葉が、無音のまま灯守の心に届いた。
目を覚ました灯守は、子どもたちにこう呼びかけた。
「君たちの影は、悲しみを抱えて隠れているだけだよ。
ちゃんと、君の隣にいる」
その日から、町の子どもたちは、夕方になると
影に話しかける遊びを始めた。
「またね」「きょうもいたね」「まっててくれてありがとう」
影は、日が沈むまで静かに寄り添っていた。
灯守は、影法師に手紙を書いた。
「君の声が聞こえたよ。
たとえ誰に届かなくても、ぼくは覚えている」
その手紙を、公園の滑り台の下に埋めた。
翌朝、公園には、大きな影が落ちていた。
それは誰のものでもなく、ただ、
子どもたちが笑うたびに“形を変えて揺れる”影だった。
灯守は旅帳にこう記した。
「影は、忘れられた声のかたち。
沈黙の中にも、名もない祈りが息づいている」
(第74話・了)
あとがき
影が消えるという現象は、きっと心のどこかにある“沈黙の叫び”の象徴です。
言葉にならない寂しさや、うまく伝えられない想いが、影となって誰かのそばに寄り添っている――そんな気がして、この話を書きました。
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次回も、灯の下でお会いできますように――。




