第七十三話 鈴の音を探す犬
その犬は、毎夜ひとりで町を歩く。
首輪もなく、毛並みはどこか人の手の温もりを知っている。
目を細め、耳を澄ましながら――**“鈴の音”**を追いかけていた。
だが、その音は、人には聞こえない。
灯守がその犬に出会ったのは、町外れの神社だった。
犬は賽銭箱の前でじっと座り、夜が明けるまで動かない。
そして、夜になるとふたたび歩き出す。
「その犬、昔、女の子と暮らしてたんですよ」
町の老写真店主が語った。
「その子、首輪に小さな鈴をつけていてね。
犬の名は“しろ”。いつも後をついてまわってた」
ある年の秋、少女は突然姿を消した。
山で迷ったという噂もあれば、
誰にも言えぬ家庭の事情で町を離れたとも言われた。
だが、真相は誰にもわからない。
灯守は、しろの跡をたどって歩いた。
川沿いの桜並木、砂利道、木造のバス停。
犬はいつも、同じ順路を歩く。
そして、ある夜――
しろが立ち止まったのは、廃墟となったバレエ教室だった。
その建物の奥、床の隅に小さな箱があった。
そこには、赤い首輪と、鈴だけが残されていた。
しろは、それを鼻先でそっと撫で、丸くなって眠った。
鈴の音はしなかった。けれど、灯守の耳には――
微かに、風鈴のような音が鳴った気がした。
翌朝、しろの姿はなかった。
代わりに、首輪と鈴が灯守の前に置かれていた。
それはまるで、役目を終えた証のようだった。
灯守はそれを、町の神社の鈴の緒の根元に結んだ。
誰かの祈りの音とともに、少女と犬の記憶が共に揺れるように。
旅帳にはこう記された。
「鳴らぬ鈴も、想いをたどれば響く音がある。
共に歩いた記憶は、いまも夜の町を巡っている」
(第73話・了)
ご感想をお寄せいただけると、とても励みになります。
もし気に入っていただけたら「応援」や「お気に入り登録」をよろしくお願いいたします。
次回も、灯の下でお会いできますように――。




