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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第七十一話 忘れられた傘屋の子守唄



 その傘は、雨の中で、誰にも聞こえない子守唄を歌うという。


 骨組みは竹、布は手漉きの和紙に柿渋染め。

 美しい朱と墨の模様が、雨粒の中でかすかに揺れていた。


 傘に耳を近づけた者は、どこか懐かしい“誰かの声”を聴く――

 そう語られる、町のはずれにある傘屋の伝承。


 灯守ともりがその傘を見つけたのは、廃屋となった小さな和傘屋の倉庫だった。


 傘は一本だけ、他の傘とは違い、

 閉じてもなお、しっとりと雨を含んだような匂いがしていた。


 近所の老婆は言った。


 「……あれはねえ、あの傘屋の娘さんが、

  赤ん坊に歌っていた子守唄を、傘が覚えたんだよ」


 昔、その傘屋には、小さな娘と赤子がいた。


 雨が降るたび、娘は傘の骨を乾かしながら、

 弟をあやすように歌っていた。


 その声を、傘たちが覚えていたのだという。


 だが、大雨による土砂崩れで、傘屋は一夜にして流された。


 娘も赤子も、店主も、傘ごとすべて、

 土の中に埋もれた――はずだった。


 灯守が手に取った傘は、雨でもないのに水滴を宿し、

 しとしとと、見えない雨音のようなものを奏でていた。


 傘を開くと、微かに、こんな唄が響いた。


 ――♪あめのひは ゆびをつなごう こゑをかさねて ねむるまで♪


 その夜、灯守は夢を見た。


 小さな少女が、土の中から傘を抱いて立ち上がる夢。


 「このこ、ぬれないようにしてあげたかったの。

  ずっといっしょに、ねむっていたの」


 少女の声は、雨の音に似ていた。


 目覚めると、傘はふわりと乾いていた。


 まるで、ようやく役目を終えたように。


 灯守はその傘を、町の図書館の片隅に寄贈した。


 「静かに耳を傾けてください」と添えて。


 傘に耳を近づけた人の中には、涙を流す者もいた。


 それぞれに、聴こえる唄は異なるのだという。


 灯守は旅帳にこう記した。


 「風に忘れられた声は、雨に宿る。

   あの日の子守唄は、まだ傘の内に息づいている」


 その日以来、図書館には雨の日にだけ傘を借りに来る客が現れた。


 彼らは静かに傘を開き、黙って耳を傾ける。


 傘の中には、誰にも言えなかった寂しさが、そっと揺れていた。


(第71話・了)

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