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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第六十八話 片耳しか聞こえないラジオ



 その家のラジオは、左耳でしか聞こえない。


 そして、右耳には“何も聞こえない”――はずだった。


 けれど、ある日、少女が言った。


 「兄の声が、右耳からするの」


 灯守ともりが訪れたのは、海辺に近い住宅街。


 かつて団地として栄えたこの地も、今では空き家が目立つ。


 その一角、半ば廃屋となった一軒の家に、

 ぽつりと少女と祖母が暮らしていた。


 部屋の隅に置かれた古いラジオ。


 昭和のころの型で、つまみを捻ると、雑音混じりの音楽が流れる。


 だが、音は左耳でしか聞こえない。


 右耳を向けても、何も聴こえない。


 少女は灯守に言った。


 「私だけ、右耳で“お兄ちゃんの声”が聴こえるの。

  左では音楽、右では……お兄ちゃんが、話してるの」


 兄は、三年前に姿を消した。


 事故か、失踪か、誰にもわからなかった。


 でも少女は、ずっと“右耳”から、兄の声を聞き続けているという。


 灯守が確かめると、たしかに――

 左耳では、かすかなラジオの音楽。


 右耳では、音はしない。


 だが、少女は嬉しそうに微笑んで言った。


 「ね、“ただいま”って言った。いつも、私だけに言ってくれるんだよ」


 灯守は、ラジオの裏に貼られた古びた紙片に気づいた。


 そこには兄の筆跡で、こう書かれていた。


 「左は音楽。右は記憶。妹が寂しくないように」


 どうやら兄は、自作でこのラジオを改造していたらしい。


 左側には通常のラジオ音声。


 右側には、カセットの音源を流す機構が組み込まれていた。


 けれど、そのカセットテープはもう、機械に噛まれてボロボロだった。


 音が再生できるはずはない。


 灯守は祖母に尋ねた。


 「お孫さんは、ずっと右耳で声を聞いていると……?」


 祖母は静かにうなずいた。


 「声など、もう流れてない。でも、あの子は聴こえてるの。

  記憶が、耳に残ったんだろうね。……優しい幻だよ」


 その夜、灯守はラジオの横にそっと座り、

 両耳を澄ませた。


 左には、静かな夜のノイズ。

 右には――なにもない。


 けれど、ふと、**“おかえり”**という幻聴が、胸の奥を打った気がした。


 翌朝、少女はいつものようにラジオに話しかけていた。


 「うん、お兄ちゃん、今日もちゃんと学校行くよ。

  行ってきますって、ちゃんと言うからね」


 灯守は旅帳にこう記した。


 「音は消えても、記憶は耳に宿る。

   心が覚えている限り、声はそこにある」


 潮風に吹かれた古い家の中、

 ラジオは今日も、誰にも聞こえない声を流し続けていた。


(第68話・了)

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次回も、灯の下でお会いできますように――。

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