第六十七話 嘘だけを集める神社
山の麓に、**「嘘を奉納する神社」**があるという。
そこでは、本当の願い事を絵馬に書いてはいけない。
なぜなら――“真実を奪う神”がいるからだ。
それは村の者たちの間で、ひそやかに語られる禁忌だった。
灯守がその神社に辿り着いたのは、
雨の降り出す直前、曇り空の午後だった。
石段を登ると、鳥居の先に、ひっそりとした社が見えた。
注連縄には風が絡み、軒先の絵馬がカタカタと鳴る。
けれど、掲げられていた絵馬のすべてが――どこか、おかしかった。
「志望校は月にある大学」
「世界一のウソつきになりますように」
「死んだペットが宇宙人でした」
……すべてが、冗談のような、荒唐無稽な願いばかりだった。
社務所には誰もいなかったが、境内に一人の少女がいた。
ぼんやりと、絵馬を見つめている。
灯守が声をかけると、少女は振り向かず、ぽつりと言った。
「本当のこと、書いたら……神さまに“それ”を取られちゃうんです」
彼女は言う。
「この神社の神さまは、“嘘”を喜ぶの。
でも“ほんとのこと”には、ひどく飢えてる。
だから――本当の願いを書いたら、それを奪われてしまうの」
昔、母親が「願いを叶えてください」と書いた絵馬をかけた夜、
翌朝、母はその“願い”をすっかり忘れてしまったという。
少女はそれ以来、毎年欠かさず“嘘”の願いを書いているのだと語った。
灯守は、神社の本殿の裏へとまわった。
そこには、苔むした石碑があった。
「言霊は神の糧、真言を以て喰らう」
どうやらこの神社の“神”は、人の本心そのものを糧としていたらしい。
灯守は、ひとつの絵馬を取り下げた。
そこには、子どもの字でこう書かれていた。
「家族がずっと嘘つきでいますように」
灯守が村の住人に話を聞いたところ、
その家では、数年前に息子が失踪していたという。
家族はずっと「遠くに留学している」と言い続けている。
だがそれが――“神に奪われた真実”だったのだ。
夜、灯守は境内に戻り、一枚の絵馬を書いた。
「私は神さまに会いたいです」
嘘でも真実でもないその言葉が、風に揺れる。
しばらくすると、社の奥から微かな気配がした。
そして、神の声が届いた。
「おまえの願いは“真”か、それとも“嘘”か」
灯守は応えた。
「そのどちらでもない。“問いたい”という想いだけだ」
神は、それに満足したのか――社の鈴がひとつ、静かに鳴った。
翌朝、境内の絵馬がいくつか落ちていた。
その中の一枚に、少女の名があり、こう記されていた。
「本当のことを、怖がらない自分になりますように」
灯守は旅帳にこう記した。
「嘘は時に、真実を守る盾となる。
だが、いつかその盾を置いても、想いは届く」
神社の鈴は、風が吹くたび、どこか誇らしげに鳴っていた。
(第67話・了)
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次回も、灯の下でお会いできますように――。




