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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第六十五話 ひとつ目の子守唄




 その村には、夜になると“子守唄”が聞こえるという家がある。


 誰も住んでいないはずの、屋根の抜けた古民家から。


 歌声は、低く、ゆっくりと、誰かを眠らせるように。


 そして――その家を訪れた者は、決まってこう言った。


 **「片目の子どもに見られた」**と。


 灯守ともりは、標高の高い山奥にあるその村を訪れた。


 集落の名は「細石さざれいし」。


 人の出入りは少なく、道も細く、民家は十軒足らず。


 村の最奥に、崩れかけた旧家があった。


 木の板戸は斜めに傾き、壁の土は剥がれ、

 それでも、どこか“まだ人の気配”が残っているような匂いがした。


 夜、灯守は宿を抜け出してその家を訪れた。


 満月の夜。風はなく、虫の声も遠く。

 ただ――あの唄だけが、確かに聞こえてきた。


 ♪ ねんねこ ねんねこ 山の奥

  ひとつの目でも よく見える

  母の声より 風のうた

  夜の深さに ねんねこよ


 家の中には誰もいなかった。


 けれど、柱に刻まれた“身長のしるし”があった。


 「かずと 五才」「かずと 六才」……と、数年分の記録。


 その横に、丁寧な文字でこうも刻まれていた。


 「この子が わたしの命」


 翌日、村の年寄りに話を聞いた。


 「その家には昔、片目の子が住んでいたんじゃ。

  おっかさんが、一人で育てちょった。

  ええ子だったよ。だが、大水でのう……」


 「母親だけが助かって、子は川に呑まれてしもうた。

  それからじゃよ、あの家から唄が聞こえ始めたのは」


 村では誰も、その家に近づこうとしない。

 子守唄は、母親の幽霊が、子を想って唄っているのだと噂されていた。


 けれど――灯守は、また夜にその家を訪れた。


 すると今度は、唄に混じって“声”が聞こえた。


 「かあさん……」


 幼い、かすれた声。

 唄に重なるように、静かに、確かに。


 灯守は、家の奥にある押入れの中で、古い箱を見つけた。


 中には、小さな紙人形と、色あせた絵本、

 そして、ほころびた子ども服が入っていた。


 手紙もあった。母親が書いたらしい。


 「かずとへ。あなたの目が一つでも、私はあなたを二倍愛した。

   いつかまた会えると信じて、毎晩歌っています。

   夢の中で、私の声が届いたら、それだけでいいのよ」


 灯守はその手紙を、柱の下にある空洞に収めた。


 その夜、子守唄は最後まで流れたあと――ふと、止まった。


 翌朝、家の中には風が吹き、どこか晴れやかな空気が満ちていた。


 村の者は言う。


 「もう唄が聞こえんくなった。……やっと、眠れたんやろな」


 灯守は、旅帳にこう記した。


 「目に見えぬ愛ほど、深く、長く、歌になる。

   想いは、歌に宿り、やがて静かに終わる」


 その家の前に、小さな花が咲いた。


 白く、ふたつの花弁が揺れていた。


(第65話・了)

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次回も、灯の下でお会いできますように――。

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