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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第六十三話 おもかげ坂の案山子



 その坂は、今では地図にも名前が載っていない。


 けれど、地元の人々は口を揃えてそう呼んだ。


 「おもかげ坂」――姿を失くした者の面影が、ふいに立つ坂道。


 そこには一本の案山子が立っていた。

 ボロ布と藁で作られた、肩の傾いた古びた案山子。


 けれど、夜になると、その案山子は“顔”を変えるのだという。


 灯守ともりは、曇天の午後、その坂を訪れた。


 人通りの絶えた山道。湿った風。

 しんとした畑を抜けると、枯れ草の中にぽつんと案山子が立っていた。


 顔はただの白い布。

 けれど、近づくにつれ、ふと“誰かに似ている”気がした。


 目の形、鼻筋、口元――

 それは、灯守の旅の中で出会った「ある老婆」によく似ていた。


 だが、それも束の間。風が吹くと顔は変わる。

 今度は、幼い少年のようにも見えた。


 坂のふもとで畑仕事をしていた老女に尋ねると、こう言った。


 「会いたい人がおる者には、あれがその顔に見えるとよ」


 「昔から、そうなんさ。亡くなった子に似ちょるとか、

  出て行った亭主によう似ちょるとか……」


 「でもね、不思議と“案山子に話しかけた者は死ぬ”っちゅう噂もあって、

  誰も近づかんとよ。見たら、黙って通り過ぎる。

  それが、あの坂の礼儀たい」


 けれど、ある年の冬、

 ひとりの男が、毎晩、案山子の前に座っていたという。


 「静かに話しかけちょった。

  “すまんかった”とか、“会いたい”とか、そげなことを、毎晩」


 春が来る前に、その男は姿を消した。

 ただ、案山子の足元に、封のされていない手紙だけが落ちていた。


 灯守は、その話を聞いて、日が沈むまで坂に留まった。


 案山子の顔は、徐々に――“変わっていく”。


 ある瞬間、それは確かに**「灯守の弟」に似ていた。**


 幼くして病に伏した彼の面影が、ぼんやりと白布に浮かぶ。


 言葉を飲み込む灯守。

 けれど、彼は礼儀を守り、何も言わずにその場を離れた。


 翌朝、再び訪れた灯守の目に、ある変化が映った。


 案山子の首に、小さな紙片が結びつけられていたのだ。


 そこには、滲んだ文字でこう綴られていた。


 「ありがとう。やっと、さよならが言えた」


 灯守は、それを旅帳に貼り、こう記した。


 「面影とは、心の中に宿る言霊。

   語らずとも、それは届く」


 おもかげ坂の案山子は、今も黙ってそこに立つ。


 誰かが見上げるたびに、その顔は静かに“誰か”になる。


 そして、言葉なき“別れ”が、またひとつ交わされていく。


(第63話・了)

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