第六十二話 永遠を買う店
それは、深夜零時ちょうどに現れるという。
誰もいない商店街の片隅。
看板も灯りもない、ひっそりとした空き店舗に、
一つだけ灯る橙色の明かり。
「永遠を売る店」だと、誰かが言った。
その店に入ることができるのは、たった一人。
そして、永遠を買った者は――二度と戻ってこない。
灯守は、噂を辿って郊外の古い町へ足を運んだ。
夜、商店街のシャッター通りに入り、
静かに深呼吸する。時計は、23時59分。
針が零時を指した瞬間、風が吹いた。
そのとき、一軒だけシャッターが開いていた。
店内には、古道具のような品々が静かに並んでいた。
錆びた懐中時計、ひび割れた万年筆、使い古された手鏡。
すべてが、“過去を内包したような”品ばかりだった。
そして、奥のカウンターには一人の老人。
薄墨の羽織に、深い皺の顔。
その目は、まるで“すべての時間を見てきたような”光を湛えていた。
「おや、客人か。
この店では“永遠”を、ひとつだけ、お売りしています」
「だが――代金は、あなたの“ある時間”をいただく」
「時間?」と灯守が訊ねると、老人は頷いた。
「あなたの人生の中で、“大切だった一瞬”を」
「代金に応じて、品をお渡しします。
ただし、代金となる時間の記憶は、あなたから完全に消えます」
棚の奥に、ひとつの古びたオルゴールがあった。
「これは、十五歳の少女が初めて失恋した夜の“時間”で買われた品です」
「この手帳は、五十年間愛し続けた人に告白できなかった男の“時間”です」
灯守は、そっと尋ねる。
「では、永遠とは、なんなのですか?」
老人は答える。
「“決して変わらない”こと。
“誰かの心に残り続ける”こと。
“二度と触れられない”ことでもある」
「多くの者は、幸せな記憶や、大切な名前を代金に差し出して、
変わらぬ“永遠”を手にして去っていった」
「……でも、それは本当に、幸せなのでしょうか?」
灯守の問いに、老人はふっと目を細めた。
「幸か不幸かは、それを“覚えている誰か”が決めるのです。
買った者には、もう判らない。記憶を手放してしまうから」
灯守は、手に取った懐中時計を棚に戻した。
「私は“永遠”より、“続いていく記憶”の方が欲しい」
すると老人は、小さく笑って言った。
「よい答えです。あなたには、売る品はありません」
「ですが――お代のないお客には、お礼の品を差し上げます」
老人が渡してきたのは、小さな砂時計だった。
裏には刻まれていた。
「忘れない限り、それは永遠」
灯守はそれを旅帳に添え、こう記した。
「永遠とは、忘れることと等価。
だから私は、忘れぬ旅を続ける」
その夜、零時を過ぎると、店の灯りはふっと消えた。
翌朝、シャッターは降りたまま。
その場所を知る者は、誰もいなかった。
(第62話・了)
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次回も、灯の下でお会いできますように――。




