表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/102

第六十話 狐火の渡し





 それは、秋の終わりにだけ現れる。


 里の外れ、霧の立つ川辺――

 夜になると、水面に**青白い狐火きつねび**が浮かぶ。


 風がないのに、揺れ、踊るように動き、

 やがて一本の橋のような光の道になる。


 それを「狐火の渡し」と呼ぶ者たちはこう語る。


 「あれを渡ると、ひとつだけ願いが叶う」


 「だが、渡った者は、何かを川に置いていかなければならない」


 灯守ともりがその地を訪れたのは、

 夜露に野草が濡れる、十一月の静かな晩だった。


 里人たちは警戒心を露わにし、こう言った。


 「見ないのがいちばんだ。願いなんて、叶わんほうがいい」


 それでも灯守は、川辺に向かった。


 川は音もなく流れていた。

 その上に、まるで誰かが置いたかのように灯火の列が並ぶ。


 狐火は、すうっと川の上を滑るように漂い、

 やがて向こう岸へと続く光の橋となった。


 その光の先には、ひとつの影が立っていた。


 白い着物を纏い、狐面をつけた背の低い人物。


 それは、灯守が知る「ヒトの影」ではなかった。


 近づくと、狐面の奥から、やさしい声が響いた。


 「願いがあるなら、こちらへどうぞ。

  ただし、渡るなら――何かひとつ、置いていくこと」


 「記憶でも、声でも、形でも。

  その人にとって“大切なもの”でなければ、灯は渡せません」


 灯守は、問う。


 「願いを叶えた人々は、どうなったのですか?」


 狐面は微かに傾き、こう答えた。


 「渡って戻ってきた者は、皆、何かが欠けていた。

  けれど、笑っていたわ。“それでもよかった”って」


 かつて、母を失った少女がいた。

 彼女は願った――「もう一度だけ、母に会いたい」


 狐火の渡しで、それは叶えられた。


 けれど、戻ってきた彼女は、母の名も、顔も、言葉も忘れていた。


 ただひとつ、手にしていたのは母が縫ってくれた人形だけ。


 別の男は、死に別れた恋人と引き換えに、自分の“声”を置いてきた。


 以来、彼は一言も話せなくなったが、

 それでも、恋人の手紙を抱えて笑っていたという。


 灯守は、静かに光の橋を見つめた。


 その先に、もしも「かつて出会った誰か」がいたとして、

 願えば、再び会えるのかもしれない。


 けれど――彼は、渡らなかった。


 代わりに、懐からひとつのものを取り出して、川辺に置いた。


 それは、旅の途中で拾った、ある少女から預かった折鶴。


 灯守は、そのまま振り返ると、言った。


 「この橋は、願いのためのものじゃなく、

  “想いを手放す”ためのものなんですね」


 狐面は、初めて口元だけを緩めて、笑ったように見えた。


 そして、光の橋は、するすると川に吸い込まれ、

 狐火は一つ、また一つと消えていった。


 翌朝、川辺には何も残っていなかった。


 ただ、枯れ葉に埋もれた折鶴だけが、

 静かに、風にたなびいていた。


 灯守は旅帳にこう記す。


 「願いとは、叶うことではなく、手放せる強さのことかもしれない」


(第60話・了)

ご感想をお寄せいただけると、とても励みになります。

もし気に入っていただけたら「応援」や「お気に入り登録」をよろしくお願いいたします。

次回も、灯の下でお会いできますように――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ