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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第五十九話 影を持たぬ子ども



その村では、誰も夕暮れの時間に外を歩こうとはしなかった。


 理由は――「影を持たぬ子ども」が現れるからだという。


 見る者によって年齢も顔立ちも異なり、

 声をかけても返事はなく、触れようとするとすうっと消える。


 けれど不思議なことに、翌日には、その“子ども”を見た人の記憶が曖昧になる。


 「そんな子、いたっけ?」

 「……なんの話だい?」


 そう口にするうち、記憶も、存在も、誰の心にも留まらなくなる。


 灯守ともりがその村に入ったのは、まさに黄昏時だった。


 赤く染まる山の端、長くのびる人影、静まり返った通り。


 そこに、ぽつんと立っていた。


 影のない子ども。


 男の子のようにも、女の子のようにも見える。

 年齢は七、八歳――いや、もっと幼いかもしれない。


 とにかく、その足元には、影がなかった。


 灯守が近づくと、子どもはふとこちらを見た。


 けれど、やはり何も言わない。

 まるで、「見つかってしまった」ことに戸惑っているように。


 そのまま目を逸らし、子どもはとことこと歩き出した。

 後を追っても、その背に影は落ちない。


 灯守は、村の古文書を調べることにした。


 役場の書庫で、埃まみれの一冊の絵巻を見つけた。


 そこには、夕暮れの村と、影のない子どもが描かれていた。


 ただ、その絵には名前がなく、「忘レわすれご」とだけ書かれていた。


 灯守は、村の最も古い家の老婆を訪ねた。


 彼女は、皺だらけの手で震える茶を差し出しながら語った。


 「“忘レ子”はね、この村の“祈りの副産物”なんだよ」


 「昔、村では“子が授からぬ家”の願掛けに、影を供える習わしがあってね。

  地蔵に願いを捧げる代わりに、誰かの影を一晩だけ貸し与えるのさ」


 「影を貸された“想いのカタチ”は、やがてひとりで歩き出す」


 「けれど、影を返されぬまま放置されると……その子は“忘れられてしまう”」


 「名前も、家も、誰の祈りだったかも、ね」


 忘れられた子どもは、影を持たぬまま、

 夕暮れをさまよう存在となった。


 それが、今の“影を持たぬ子ども”。


 灯守は、かつてその影を貸した“祈願者”を探した。


 資料の中に、数十年前の願掛け記録があった。


 「我が家に子を――名は要らぬ。ただ、命を」


 記されていたのは、すでに絶家となった一軒の家。


 その跡地を訪ねた灯守は、崩れた仏壇の中に、

 小さな木製の人形を見つけた。


 日焼けして黒ずんだそれには、ほとんど消えかけた墨でこう書かれていた。


 「おまえに、かげをかえす」


 灯守は、その人形を持って、再び夕暮れの村道に立った。


 そこには、やはり影を持たぬ子どもがいた。


 灯守は、そっと人形を差し出した。


 子どもは、それをじっと見つめると――

 初めて、わずかに口角を上げた。


 そして、静かに人形を抱きしめると、背中にゆっくりと影が伸びた。


 そのまま、夕闇に溶けるように、姿を消した。


 誰もそのことを語らず、語れる者もいなかった。


 だが、村の道端に、新しい石碑が立った。


 そこには、ただこう刻まれていた。


 「忘れられぬ者の名は、影の中に」


 灯守は旅帳に記す。


 「忘れられることと、存在しないことは違う。

   影のない誰かにも、確かに想われた痕跡はある」


 村を離れるとき、道に長く伸びた灯守の影が、

 一瞬、ふたつに分かれた気がした。


(第59話・了)

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次回も、灯の下でお会いできますように――。

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