第四話 道祖神の夢
分かれ道には、必ず“目”がある。
そう、昔の人は言った。
その“目”は、人がどちらへ進むかを見ている。
それが道祖神という存在のはじまりだった。
灯守はその日、祖母の実家のある村を訪れていた。
山あいにある、細く長い村。
道は一本きりで、ところどころに石碑や地蔵が並んでいる。
「この村の道祖神は、ようしゃべるんじゃよ」
祖母がふと漏らした。
「子どものころは、耳をすましてみたもんよ。“そっちはあかん”とか、“こっちへ来い”とか、言うんじゃってさ」
「本当に、聞こえたの?」
「わたしには聞こえなかったけど……しゃべるって信じる子どもは、けっこういたねぇ」
灯守は笑った。
けれど、彼の中で何かが動いた。
“見える”者には、聞こえる言葉がある。
村の北端。田畑の境に、小さな石の祠があった。
それは、地面から少し傾いていた。石の苔むした顔が、空ではなく地面を見ているようだった。
「……やあ」
灯守は、祠の前で小さく手を合わせる。
すると、風がひとひら吹いた。
そして――声がした。
「ひさしぶりに、話しかけてくれたな」
低く、しわがれた、けれどどこか懐かしい響きだった。
灯守は目を細め、祠の中を覗く。
そこには、形の定まらぬ“誰か”がいた。
人のようで、人でない。輪郭のぼやけた石の精。
「君が、この村の道祖神?」
「そうよ。むかしは、もっと立派じゃった。賑やかでな。旅人もよく来た。みなわしに話しかけてくれた」
「今は?」
「もう、話しかける者もおらん。せいぜい、猫が横で眠るくらいじゃ」
そう言って、道祖神は笑った。
けれど、その声には寂しさが混じっていた。
「君は……夢を見るの?」
灯守が問うと、道祖神はしばし黙した。
そして、静かに言った。
「見るとも。夢ばかり、な」
「どんな夢?」
「むかし、人がわしに“願い”を込めて通ったころの夢じゃ。旅の無事、子の成長、恋の行方……皆、わしに祈っていった」
「祈りは、叶った?」
「どうじゃろうな。わしは、ただ“見守るだけ”の存在じゃ。祈りは、きっとそれだけで意味があるのかもしれん」
灯守は、ポケットから紙を取り出した。
そこには、小さく字が書かれていた。
“分かれ道で迷ったら、また来ます。願いをひとつ、預けます。”
「……願いって、こういうもの?」
道祖神は、その紙を風にのせて受け取った。
「うむ。こういうもので、じゅうぶんじゃ」
そうして、道祖神は静かに目を閉じた。
それから、灯守は村をあとにした。
分かれ道で、ふと振り返ると、石の祠がわずかに揺れた気がした。
風に吹かれた草の音の中に、こんな声が混じっていた。
「気をつけて行けよ。おぬしの道が、よき方へつづきますようにな」
(第4話・了)
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次回も、灯の下でお会いできますように――。