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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第五十七話 泣き地蔵の願い



その地蔵は、村の外れにひっそりと佇んでいた。


 苔むした頭に藁笠をかぶせられ、前掛けには赤い布。

 風雨にさらされ、石肌はひび割れ、誰が彫ったかも忘れられている。


 けれど、村人たちはこう言い伝えてきた。


 「あの地蔵、雨が降ると泣き出す」


 確かに、雨の日になると、そばを通るとすすり泣きのような音が聞こえる。


 それは、風の音とも、水滴の落ちる音とも違う――

 まるで、誰かがそこに膝を抱えて泣いているような。


 灯守ともりがその地蔵を訪れたのは、梅雨の最中だった。


 朝から降り続いた雨が、土を濡らし、木々を鈍く光らせていた。


 小さな坂の途中、ぽつんと現れるその石像。


 見上げると、やはり微かに**「くす……ひっ……」**と、声がする。


 だが、それは恐ろしさよりも、あまりに悲しげで切実な音だった。


 灯守は、地蔵の周囲を調べ始めた。


 すると、地面の下から古い木札が見つかった。


 腐りかけたそれには、こう記されていた。


 「よし子、かならず、もどってくる。――けんた」


 土の中には、小さな草履も埋まっていた。


 それは、幼い子どもが履くには大きく、

 けれど、つま先がすり減っていた。


 何度も何度も、走り回った形跡。


 村の古老に尋ねると、こんな話を聞いた。


 「昔、洪水があってな、橋が流されたんだ。

  あのとき、女の子ひとりが、取り残されてしまった」


 「でもな、その子の兄がな、“待ってろ、すぐ迎えに行く”って言ってな、

  雨の中、ひとりで向かったんだよ」


 「けど、兄は戻ってこなかった。

  地蔵のとこで、草履だけ見つかった」


 以来、雨が降るたびに、その地蔵は泣くようになったという。


 それは、取り残された妹の声なのか。

 それとも、約束を果たせなかった兄の声なのか。


 灯守は、木札と草履をそっと並べ、

 その前に手を合わせた。


 しばらく目を閉じていると――

 ふと、背中に小さな気配を感じた。


 そこには、男の子の影が立っていた。


 びしょ濡れで、でもまっすぐな目をしている。


 「ねえ、よし子、まだ待ってる?」


 灯守は、静かに頷いた。


 男の子は、草履を履き、雨の中を上っていった。


 地蔵の横を通り過ぎるとき、すすり泣きが止んだ。


 雨の音だけが、あたりを包む。


 気づけば、地蔵の前には、もう誰もいなかった。


 けれど、その顔は――どこか、微笑んでいるように見えた。


 灯守は、旅帳にこう記す。


 「約束とは、果たすためにあるのではなく、

   想い続けるためにあるのかもしれない」


 翌朝、地蔵の前に一対の草履が揃えられていた。


 真新しい、子ども用のものだった。


(第57話・了)



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次回も、灯の下でお会いできますように――。

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