表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/67

第三話 消えかけの狐面

山のふもとの町に、年に一度の“山祭”がある。


 灯守ともりは、その祭が好きだった。どこか懐かしく、どこか淋しい――そんな風が、山から降りてくる夜。


 この祭には、ある“おまじない”がある。


 夜のうちに誰にも見られず、山の奥へ行って、一本の灯を持ち帰れたら、それは“願いを叶える狐灯ことう”になる、という。


 もちろん、迷信だ。誰かが持ち帰ったという話も、実際に願いが叶ったという証もない。


 けれど、子どもたちは毎年こっそり挑んでいた。


 今年、灯守はひとりで山へ向かった。


 理由は特にない。ただ――“呼ばれた”ような気がした。


 山道の途中で、風が止まった。


 灯守の足も、自然と止まった。


 そこには、鳥居があった。


 朽ちかけた木製の鳥居。ほとんど倒れかけていたが、根元には、きれいな草履が二足そろえて置かれていた。


 誰かが、そこに“来ている”。


 そして、その奥に――灯が見えた。


 それは人の灯ではなかった。淡く、やわらかく、空気に溶けかかるような光。


 灯守は鳥居をくぐった。


 すると、不意に声がした。


「おまえ、見えるのか」


 目の前に、白い狐面をかぶった“何か”が立っていた。


 小柄で、子どものように細い体。白と赤の衣をまとい、足は素足だった。


 だが、その輪郭はぼやけている。


 灯守は、目を細めて言った。


「……君は、人じゃないんだね」


「うむ」


 狐面の者はこくりと頷いた。


「でも、ひととおどりたい。おまえが見えるのなら、付き合ってくれるか」


「踊るの? こんな山奥で?」


「……今宵だけは、夜が“届く”のだ。だから、今だけ、踊れる。そういう夜が、百年に一度ある」


 それが、今夜だと。


 そう言って、白狐は灯守の手を取った。


 草の上に、足音が重なる。


 誰もいないはずの神社跡。けれどそこには、灯りが点り、鈴の音が鳴り、誰も見えない“観客”がいた。


 灯守と白狐は、円を描くように歩いた。


 白狐は、笛を吹いた。風が旋律となって、草葉を震わせる。


 灯守は、ただ静かにその笛の音に合わせて歩を進めた。まるで何かをなぞるように。


「おまえは、なぜ来た」


 踊りながら、白狐が訊いた。


「わからない。ただ、君のことを、ずっと前から知ってたような気がした」


「……ああ」


 白狐は立ち止まり、面を外した。


 そこには、透きとおるような瞳をした少女の姿があった。


 髪は雪のように白く、肌もまた、光を映すように儚い。


「かつて、私は“願いを叶えるもの”だった。だが、願いは濁り、私の姿も濁った」


「――だけど、今、君はきれいだよ」


 灯守の声に、少女は微笑んだ。


 その笑みは、百年の孤独を隠すような、静かでやさしいものだった。


 やがて、夜が明けた。


 山に霧が降り、鳥の声が帰ってきた。


 灯守が気づいた時、少女の姿は消えていた。


 ただ、そばに――狐面が、ぽつんと残されていた。


 そしてその面の内側に、こんな文字が書かれていた。


『おどってくれて、ありがとう。

 また、いつか。

 白火しらび


 それから、灯守は狐面を家の窓辺に飾っている。


 夜になると、ときおり、面がふっと笑うように見える。


 それが夢か、それとも――。


(第3話・了)



ご感想をお寄せいただけると、とても励みになります。

もし気に入っていただけたら「いいね」や「フォロー」をよろしくお願いいたします。

次回も、灯の下でお会いできますように――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ