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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第四十七話 虫干しの里




 それは地図にすら載っていない、小さな山あいの村だった。


 名を尋ねれば、誰もが口を濁した。


 ただ、一つだけ伝わる風習があった。


 年に一度、**“八月八日”**の昼、村じゅうの家が一斉に布を干す。


 白い布、黒い布、赤い布――

 家々の軒先、畑の柵、墓の前に至るまで、

 どこもかしこも、布で埋め尽くされる。


 その日を、人々はこう呼ぶ。


 「虫干しの儀」


 灯守ともりがその村に足を踏み入れたのは、

 まさにその「虫干しの日」だった。


 谷を下りると、どこからともなく布が揺れていた。


 湿った空気に布が鳴り、風が吹くたび、それがまるで声のように響いた。


 村人のひとり、老婆の**志津しづ**が、灯守を迎えた。


 「年に一度、布を干さにゃならんのです。

 それが“清め”だからね」


 「うちはみな、何かしら抱えとる。

 この村は、“忘れたいこと”が多すぎた」


 灯守が見た布の多くには、何かが染みついていた。


 染み、焼け跡、裂け目、そして微かな刺繍や血痕。


 それはまるで、人の罪や悔恨を宿した証だった。


 志津が語った。


 「昔な、この村は谷を挟んで二つの家が治めとった。

 一つは織りを生業にし、一つは染めを主とした。

 けど、ある日、染め場の水に毒が流れた」


 「誰が流したのかも、なぜかも、わからん。

 けど、そのせいで何人も死んだ。

 それから、互いを疑い、恨み、争った。

 村は割れ、血が流れ、布が染まった」


 灯守は、一本の古い布を手にした。


 そこには、赤い字でこう縫われていた。


 「ゆるしてくれ おれは ただ まもりたかった」


 その布は、争いの最中、村を出奔した若者が遺したものだったという。


 志津は言う。


 「あの子は、織りの家の出だったが、染めの娘と恋仲だった。

 けど、両家の争いのなか、娘は命を落とし……

 あの子は、罪を背負って、布だけを残して消えた」


 虫干しの儀とは、

 その後、村人たちが毎年、亡き者の布を風に晒し、

 罪や悲しみを“乾かす”ための風習になったのだ。


 灯守はその晩、村の中心にあった一本の大樹の前で、

 干された最後の布に火を灯した。


 それは“焼布の儀”。


 乾いた罪が、煙となって空へ昇る。


 布が燃えると、風が優しく吹き抜け、

 まるで誰かの吐息が山を撫でたようだった。


 翌朝、村は布一枚残さず、何事もなかったように静かになっていた。


 だが、道端の草むらに、一本の細い白布が残されていた。


 そこには、こう記されていた。


 「あした また 晴れたら わたしはわらう」


 灯守はそれを手に取り、旅帳に記す。


 「乾かすことでしか、癒えない傷がある。

 だが、その風は誰かの手で、吹かせるものでもある」


(第47話・了)



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次回も、灯の下でお会いできますように――。

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