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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第四十四話 灰羽の手巾



 ある町に、時折“羽根のような白い布”が舞い降りることがある。


 小さく、軽く、風に揺れて落ちてくるその布は、

 人が亡くなる直前や、命の分かれ道に立つときにだけ現れるという。


 それを人は、**「灰羽の手巾はね」**と呼んだ。


 「拾った者には“守り人”が宿る」

 「その布を大切にすれば、誰かの命がつながる」

 そんな噂が、子どもたちのあいだで囁かれていた。


 だが同時に、こうも言われていた。


 「布を手放せば、誰かの命の灯が消える」


 灯守ともりがその町を訪れたのは、

 橋の上から飛び降りようとした青年を目撃したという通報を受けた翌日だった。


 名を、**あらた**という。


 二十代半ば、事故で婚約者を失い、自責に沈む日々を送っていた。


 灯守が彼の元を訪れると、

 新は、部屋の隅で、白い布を抱えていた。


 それは、ふわりと羽根のような質感を持ち、

 端にかすかに「ミユキ」と刺繍がされていた。


 「彼女が亡くなった日、この布が空から落ちてきたんです。

 それを見つけて、手に取ったら……まるで、

 “まだ、そばにいるよ”って、言われた気がして」


 以来、新はその布を片時も離さなかった。


 食事をするときも、眠るときも、風呂に入るときすら、

 布を目の届く場所に置いていた。


 「でも……だんだん、怖くなってきたんです。

 この布があるから、僕は彼女を手放せない。

 前に進めない。

 けど、手放したら……彼女まで、消えてしまいそうで……」


 灯守はそっと布に触れた。


 すると、布はわずかに風に揺れ、まるで羽ばたくように震えた。


 それは、拒んでいるのではなく――導こうとしている動きだった。


 灯守は語った。


 「この手巾は、“守らせている”んじゃない。

 “守ってくれて、ありがとう”と伝えるために残された布です。

 その役目を終えたとき――布は、自ら空へ還る」


 その言葉を聞いた新は、布を胸に抱き、そっと涙を落とした。


 「ミユキ……僕は、まだ生きていていいのかな」


 その夜、風が強く吹いた。


 新は、橋の上に立ち、布をそっと広げた。


 すると、布はふわりと宙に浮かび、

 月明かりのなかを、静かに羽ばたいていった。


 布は空に還った。


 そして、代わりに風が新の頬を撫で、

 どこか懐かしい声が聞こえた気がした。


 「ありがとう。もう、大丈夫」


 新は、それから少しずつ前に進み始めた。


 花を飾るようになり、料理をし、笑うようになった。


 灯守は、その姿を遠くから見届けながら、小さな記録帳に記した。


 「羽根のような別れも、時に、人を生かす力になる」


(第44話・了)

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次回も、灯の下でお会いできますように――。

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