第四十三話 眠り袋の道標
山道の途中に、それは落ちていた。
小さな、手のひらほどの布袋――
まるで子供が縫ったような、ゆがんだ縫い目と、ほどけかけた紐。
誰かが無くしたお守りかとも思えるその袋は、
だが拾い上げた者を、ある“記憶”の中へと引きずり込むという。
その袋を人は、「眠り袋」と呼んだ。
触れた者は、強い眠気に襲われ、
気づけば“思い出の中”に落ちている。
それは夢ではなく、記憶の映像でもない。
あの日に戻り、あの日を生き直す、“過去のなかの現在”――
灯守は、それを探しに来た。
ある山道で行方不明となった少年が、
「夢のなかで“袋に触った”」とだけ記された置き手紙を残していたのだ。
その少年、**篤志**は十四歳。
家族との不和に耐えかね、家を飛び出したまま戻らなかった。
最後に彼が目撃されたのが、眠り袋の目撃例が多いという山道の入り口だった。
灯守は、その道に足を踏み入れた。
そして、見つけた。
倒木の影、石に半ば埋もれるように、
小さな布袋が転がっていた。
灯守が袋に触れた瞬間、視界が深く沈み、
空気がどこか、懐かしい温度に変わった。
――気づけばそこは、昔の町並み。
灯守は、過去の誰かの世界に立っていた。
そこに、篤志がいた。
まだ小さく、泣きながら走っていた。
誰かを探していた。
声が出ず、ただ、布袋をぎゅっと握っていた。
布袋は、彼が幼い頃に亡くした“祖母”がくれたものだった。
その祖母は、よくこう言っていた。
「帰る場所が分からなくなったら、この袋を見なさい。
そこに、道標が現れるよ」
夢のなかの篤志は、祖母を探していた。
帰りたくない家に背を向けて、
それでも、帰るべき“誰か”のもとへ向かいたかったのだ。
灯守は、その子に声をかけた。
「きみの“帰りたい場所”は、どこ?」
篤志は、布袋を胸に抱いて言った。
「おばあちゃんの声がする場所。
……でも、もう、どこにもないんだ」
灯守は、そっと篤志の手を取った。
「なら、この袋を“いまのきみ”に返そう。
いまのきみなら、ちゃんと帰る場所を作れる」
その言葉と共に、布袋のなかから、一本の赤い糸が現れた。
それは、現在の世界へと続く道だった。
灯守が目を覚ますと、夕暮れの山道に戻っていた。
そして、その傍らに、篤志がいた。
袋を握りしめ、泣きながら――
「ただいま」と呟いた。
数日後、灯守が再びその山道を訪れると、
眠り袋はもう、どこにもなかった。
けれど、木の枝に一枚の布が結ばれていた。
「帰る場所は、自分で縫うもの」
(第43話・了)
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次回も、灯の下でお会いできますように――。




