第四十一話 花結びの祠
山のふもと、小川が流れる小さな集落に、ひとつの祠があった。
祠のまわりには、一年を通じて花が咲き乱れている。
白、紅、紫、薄桃――色とりどりの花たちは、
まるで“言葉の代わりに願いを咲かせる”ように、静かに風に揺れていた。
この祠には、ある言い伝えがある。
「ひとつだけ、亡き人と約束が交わせる」
「ただし、その代わり――祈った者は“何か大切なもの”を失う」
それが、「花結びの祠」の名の由来だった。
灯守がそこを訪れたのは、
まだ雪の残る早春の朝だった。
祠のまわりには、ほんのりと白梅が香っていた。
そこで彼は、ひとりの少女に出会う。
名を、澄世。十二歳。
祠の前で、何度も祈りを繰り返していた。
「お兄ちゃんを、迎えに来たいんです」
澄世は、祠の前でそう呟いた。
五年前、兄の**朔**は病で亡くなった。
けれど、澄世はその死を受け入れられず、ずっと“話しかける練習”を続けていたという。
祠の花を数えて、季節の手紙を綴るように。
「でも……最近、花の色が変わってきたんです。
紅の花が、黒ずんできて。
兄の返事が、来なくなる気がして……」
灯守は、花を調べた。
確かに、祠の左側に咲く“約束の紅花”だけが、色を失いつつあった。
「それは、おそらく“約束の期限”が迫っている」
灯守は、祠の奥から古い布を取り出した。
そこには過去に祈った人々の名前と、
交わされた“約束の花の色”が記されていた。
――白は別れ
――紅は再会
――青は赦し
――黒は終わり
澄世の花は、もともと紅だった。
それは、再会の約束を意味する。
しかし、約束の期限は「六年」。
祠は、その時を過ぎると、約束の証を“失わせる”。
「じゃあ、私が失うものは、記憶……?」
澄世は震えた声で聞いた。
「お兄ちゃんのことを、忘れるの……?」
灯守は、彼女の目を見て頷いた。
「それでも“最後に一度だけ”、会いたいと思うなら、祠はそれを許してくれる」
その夜、満月の下で澄世は再び祈った。
花の香が風に乗り、白い布が祠にふわりと舞った。
すると、祠の前に――
ひとりの少年の影が現れた。
それは、朔だった。
もう声も出ず、形もおぼろげだったが、
澄世はその手を握りしめた。
「ねえ、もう一度だけ、名前を呼ばせて。
……お兄ちゃん、ずっと大好きだったよ」
少年は微笑み、
最後に一度だけ、妹の名前を呼んだ。
「澄世……ありがとう。もう、大丈夫だよ」
その翌朝、澄世は祠の前で目を覚ました。
花はすべて色を失っていた。
ただ、彼女の記憶には――朔のことは、もう残っていなかった。
だが彼女は、どこか晴れやかな顔で空を見上げていた。
「……よくわからないけど、いい夢を見た気がするの。
すごく大切な、誰かが笑ってた」
灯守はそっと、一輪の紅い布花を地に植えた。
それは、“忘れても、残る想い”の印だった。
(第41話・了)
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次回も、灯の下でお会いできますように――。




