表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/102

第三十八話 月映えの反物

 それは、月の光にだけ模様が浮かび上がる反物だった。


 昼のあいだはただの無地、

 夜になると、月明かりに照らされて初めて、その布は“語りはじめる”。


 語るのは、過ぎ去った記憶。

 語るのは、未練と、あの日の約束。


 その反物は、いつしか“月映え布”と呼ばれた。


 灯守ともりのもとに、ひとりの男がやってきた。


 名を、村井清次むらい・せいじ


 彼は、ある反物を差し出しながら言った。


 「婚約者が、式の前夜に姿を消したんです。

 その夜、満月でした。そして……この布だけが残っていた」


 灯守が見た布は、銀鼠のような淡い色合いで、昼には何の模様もなかった。


 だが、夜――


 月が高く上ると、布には紅の花々と、女の影が浮かび上がった。


 それは、まるで“布のなかを歩く亡霊”のようだった。


 女の名は、志穂しほ


 村井と幼い頃からの許嫁で、朗らかで、しかしどこか物憂げな瞳を持っていたという。


 志穂は、式の数日前から、不安定な様子を見せていた。


 誰かに会っていたようでもあり、

 何かに怯えているようでもあった。


 村井が問いただすと、彼女は微笑んでこう言った。


 「月の衣が、私を迎えにくるの」


 灯守は、その言葉を手がかりに、“月映え布”の出処を調べた。


 辿り着いたのは、廃業した古い織物屋の跡地だった。


 かつてその店では、亡き人の記憶を織り込んだ特別な反物――

 **「未練織」**を扱っていた。


 織物屋の老主人が語った。


 「“月映え布”はな、あの世とこの世を隔てる“境布”だ。

 生者の未練、死者の願い、両方が強ければ強いほど……布に“道”が開く」


 灯守は、布を夜の野に広げ、月光に浸した。


 すると、布の模様が動き出し、志穂の姿が森の奥へと歩いていく様子が浮かんだ。


 まるで誘うように、彼女の影は布の端から端へと静かに進んでいく。


 灯守と村井は、志穂の影を追って森へ向かった。


 布が導く道の先には、ひとつの古い祠があった。


 そこに置かれていたのは――


 真っ白な婚礼衣装と、志穂の手紙だった。


 《私は、きっと病を治せない。

 あなたを悲しませたくない。

 でも、最後に、あなたと結ばれたくて――

 月の布に、私の願いを織りました》


 《これを見つけてくれたとき、

 私はもう、月の下の夢になっているでしょう》


 村井は黙って、布の上に手を添えた。


 すると、布に浮かぶ志穂の姿が微笑み、

 ゆっくりと布の奥へと歩き出した。


 それはまるで、別れの舞のようだった。


 祠の傍に咲いていた紅の野花が、月光に染まって揺れていた。


 村井は、その花を一輪、布に包んで持ち帰った。


 その夜から、月映え布に志穂の姿が浮かぶことはなくなった。


 だが、その布を広げるたびに、

 村井は静かに微笑み、こう呟くのだという。


 「ありがとう。お前の願い、ちゃんと届いたよ」


(第38話・了)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ