表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/33

第二話 木の下の灯

 その木は、いつも同じ場所にあった。

 町はずれの旧校舎裏、小さな公園の奥。誰も通らない小道の先。

 その先に、大きなケヤキの木が立っている。


 季節は春。葉はまだ芽吹ききらず、枝々の影が地面に網のように広がっている。


 灯守ともりはそこに立ち止まり、ふと視線を感じた。


 見上げた枝の途中に、小さな“光”があった。


 それは、蝋燭のような、蛍のような、小さな灯。


 そしてその下に、ひとりの少年が座っていた。


「……やっぱり、君も見えるんだね」


 少年はそう言って、顔をあげた。


 ――いや、彼は“少年のような何か”だった。


 肌はわずかに透け、輪郭がぼんやりしている。灯守の目には、人に見えない者がそう見える。


「君は、ここにいたのか」


「うん。長いことね。ずっと、この木の下で待ってたんだ」


 少年はにこりと笑う。年齢にして七、八歳ほど。足を投げ出し、ブランコの支柱にもたれている。


 しかし、遊具はさびつき、地面には落ち葉と花びらが積もっていた。誰ももう、この場所を知らないようだった。


「何を待っていたの?」


「……うーん、なんだったかな。たしか、“帰ってくる”って言ってたんだよ」


 少年は少し首を傾げる。


「ここで待ってて。すぐに戻るからって。だから、ずっと待ってるの。まだ、来てないけど」


「いつの話?」


「さぁ? もう何回、桜が咲いたかも忘れちゃったや」


 灯守は、少年のいる場所に歩み寄った。


 少年のそばには、もう朽ちかけた革製のランドセルが置かれていた。


 古びてはいたが、まだ背負えるほどの形を保っている。


 そこに、名前が彫られていた。


「……結城ゆうき あつし


 灯守はその名を口にした。


 少年は少し驚いたように目を丸くし、それからうれしそうに笑った。


「覚えててくれたの? ……うれしいな」


「いや、今、ランドセルに書いてあったんだ」


「あ、そっか。えへへ、そりゃそうか」


 少年――篤は、楽しげに笑った。あまりにも自然で、その場にぴたりと馴染んでいた。


 だが、灯守は知っている。


 この少年は、もうこの世に存在しない。


 灯守は町の古い記録を調べた。旧校舎の裏の遊具で、かつて一人の少年が遊んでいる最中に姿を消したのだという。


 時代は昭和の末。まだ防犯の概念が今ほど確かではなかった時代だ。


 家の前まで見送ったはずが、帰ってこなかった。


 「ちょっと寄り道して、公園に行く」


 そう言って、彼は出かけた。


 そして、それきりだった。


「……君を待っていた人は、もうこの場所を思い出せないかもしれない」


 灯守がそう言うと、篤は、ほんの少しだけ笑顔を揺らした。


「そうかもね。きっと、もう何年も経ってる。僕も、時々、ちょっと寂しいなって思うんだ」


「でもね、君が来てくれたから、思い出せた気がするんだ」


「何を?」


「……さよなら、って言葉」


 篤は、空を見上げた。


 ちょうど、その瞬間――風が吹いた。


 ケヤキの若葉が揺れ、ひとひらの花びらが、空から降る。


「やっと、言える気がするよ」


 そう言った彼の身体は、静かに光の粒となって崩れていった。


 名残惜しむように、木の枝がざわめいた。


 少年の最後の“ことば”が、風に乗って、消えていく。


 それから数日後。


 灯守は、公園のすみに新しく置かれた花束を見つけた。


 ケヤキの根元に、そっと添えられた白いカスミソウ。


 傍らには、手紙が置かれていた。


『たいせつな あっくんへ

 ごめんね。さがせなくて。

 ありがとう。ずっと、いてくれて。

 もう、さみしくないように祈っています。

 あの日、約束を守れなかった だれか より』


 灯守は、風に舞う花びらの中で、それをそっと読み上げた。


 見えないところで、誰かの心は、きっと通じていたのだ。


(第2話・了)

ご感想をお寄せいただけると、とても励みになります。

もし気に入っていただけたら「いいね」や「フォロー」をよろしくお願いいたします。

次回も、灯の下でお会いできますように――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ